春を告げる魚たち

春は産卵の季節。冬の間は卵をつくるために、栄養をたっぷりとっとるけん、脂ののった、いわゆる旬を迎える魚が多いんよ。オスは白子が大きくなるし、メスは真子が大きくなっとるしな。それがいよいよ卵を生む!というころには卵に栄養をしっかり吸い取られてしまうけん、親のほうはすっかりやせてしもうて味も落ちる。正直、春はあんまりうまい魚がおらんのよ。
 
もちろん、魚という魚、全部が全部春に産卵してしまうわけではないよ。五月ぐらいに産卵するサヨリ、サワラ、キスなんかは、三月ごろに旬を迎える。漁師のあいだでは、「春を告げる魚」というたりすらい。
 
海面あたりを泳ぎよるサヨリを捕るのはサヨリ漕ぎ。二隻の船がひとつの網を持って海面をひっぱって捕るんよ。サヨリ漕ぎをやりよる仲間がサヨリをもってきてくれると、「おー、もうそういう季節か」と思わいな。太いやつは刺身で食べる。たんぱくで、それほど味の深い魚やないけん、糸造りにするんよ。いっぺんにまとめて食べられるけん、こまやかやけどしっかりした味になるよ。ちょっと小さいやつは、干物に。ほんのりと潮の風味が味付けされて酒の肴にええんよ。
 
料理屋では、サヨリを寿司ネタでよう使うやろ。春らしいあっさりした味やけん、季節感があるんやろな。ショウガであっさり煮ても春っぽい料理にならい。
 
砂地に住んどるキスは底引き網で捕る。キスというたら天ぷらがメジャー料理よ。キス以外でもアナゴとかドンコとか天ぷらがうまい魚はおるけど、それでも、「上品さ」いう点ではいちばん。臭みもぜんぜんない、サッパリした味よ。上手に揚げればいくらでも食べれらい。
 
家庭で上手に天ぷらを揚げるのは難しいというけど、ていねいに揚げたらそうたいそうなことではないんよ。家で失敗するのは温度の変化なんよ。小さい天ぷら鍋に欲張っていくつもネタをいれると油の温度が下がってべちゃっとなってしまう。できれば、食卓の上に鍋をセットして、自分が食べるやつをその場で衣をつけて少しずつ揚げながら食べる、という風にすると揚げたてを食べれるけんええんやけどな。衣のコツは料理の本とかにもよう載っとると思うけど、氷をいれるのがいちばん簡単。ふわっとさくっと仕上がるぜ。
 
キスは大きいのやったら、刺身もうまいんよ。ただ、そうとう新鮮やないと、刺身にできん。捕ってすぐ船の上で食べるぐらいやないといかんよ。家に帰ってからじゃ、もう遅い。身がぐにゅっとやおう(柔らかく)なってしまうけん。釣りをする人やったら、船の上で刺身にしてみたらうまいと思うよ。刺身にできんかったら、塩焼きもええわい。レモンをかけてあっさりと。「あっさり」がキスの味やけん。
 
回遊魚のサワラは止まってられんけん、網を夕方にしかけて潮の流れにのせて流しとって、夜中から朝にかけて網をあげる流し網で捕る。身がものすごい柔らかく脂ものっとって、マグロに似とる高級魚。好きな人はたまらん魚というやろ? 刺身でも焼きでもうまいと思うけど、実はわしはよう食べんのよ。魚の中でも食べれんのはこいつぐらい。実は、昔あたったことがあってな。それ以来・・。
 
もうひとつ、春といえば・・、の魚がコチ。他の季節は食べるような味をしとらんけど、菜の花が咲くころだけはおいしくなるけん「菜種コチ」とも呼ぶんよ。いま紹介した春を告げる魚はどれも身がやわらかいのばかりやったけど、こいつは身が硬いけん、刺身はうす造りに。ええときのコチはたんぱくな中に甘みがあるけん、ポン酢が合う。コチは骨がましい魚といわれとるけど、真ん中からしっぽにかけては小骨がないんよ。刺身にするんはしっぽのほうの身。前半分は素焼きにして「ひしおみそ」と一緒に食べる。身がようしまっとるけんな、ひしおみそぐらい濃い味が合うんよ。これは酒よりごはんといっしょに食べるのがおすすめ。しっかり食べてしっかり働けるぜ。
 
当たり前のことやけど、自然の中におるもんを捕るということは、季節によって、捕る魚も漁も食べるもんも変わる、ということ。自然に合わせるということよ。
 

網代は漁師の財宝

 
わしが日本がええと思うのは、四季があることよ。季節によって山の食べもんも変わるし、海の食べもんも変わる。つまりは、山のもんを食べたり、海のもんを食べたりしてわしらは季節を楽しめるやろ。時期がくるとちゃんとたけのこがでたり、まったけが出る場所があるように、漁師がちゃんとその時候に合った魚を捕れるのは、毎年同じ時候に同じ魚が必ずやってくる網代(漁場)があるけんなんよ。
 
自分が見つけたいい網代というのは漁師にとっては財宝みたいなもんでな。そこで漁をするときには、他の漁師にはバレんように朝早く出かけたり、他の船が見えたらわざと別の場所に移って漁をしたりするぐらい。企業の人でも、独自で開発したすごい研究を同業他社に教えるようなバカなことはせんやろ。網代も特許みたいなのがとれたらええんやけどな。
 
いい網代をどうやったら見つけられるか、というのは、もう、ただただ、勘よ。潮の流れや底のつくりなんかを頭には入れておくけど、データだけではやっぱり発見できん。ノーベル賞をとる人でも失敗からたまたまひらめいた、とかいいよるやない。でもひらめく人と、そうでない人がおるように、漁師でも、勘が働く人と、そうでない人がおる。ノーベル賞の人といっしょにするような大層なことではないけどな。当然、いい網代をようけ持っとる人ほどえらい稼ぎがあるし、持ってない人は人工の網代しか知らんわけやけん、それなりの稼ぎしかない。
 
人工の網代というのは、漁師が県に陳情して許可が下りたところに、古船を沈めたり、穴の開いたブロックを入れたりして、魚の住みかをつくっとるところのこと。そこはみんなに公表されとるけん、みんながそこで漁をするんよ。人工の網代は漁師にとって最低の補償にはなるけど、面白みはないぜ。それに魚は時候によって変わっていくけん、年中そこで魚が捕れるわけじゃない。自分の網代を見つけられる人は、ちゃんと時候ごとの網代を持っとるんよ。
 
さてその大事な網代、何の目印もない海の上で、どうやってその位置を覚えるかが問題。浮きで印をつけたらそれこそバレバレやろ。
 
そのとき、山を見るんよ。網代のある自分の場所を起点にして、正三角形になるように山のほうにあとふたつの点を探すんよ。そしてそのふたつの点のある風景を覚えておく。ひとつの点をつくるときには必ずふたつ以上の形を覚えておかんといけんよ。
 
例えば、右手の山に一本突き出た木があるとする。さらに木の近くの山小屋の形を覚えて、木と山小屋が同じように見える点をひとつとする。左手も同じようにしてな。そうしてつくった三角形の場所というのは、海の上に一点しかないんよ。言葉で説明するとわかりにくいかもしれんけん、一回、屋上にでも上がって、自分の位置と左右に見える二点で三角形をつくってみたらすぐわからい。ちょっとでも立っとる位置が変わると、つくった点の風景が変わってしまうはずよ。
 
こうして目で記憶して、頭で記憶する。木や小屋とか、目立つもんがありゃわかりやすいけど、場所によってはただ山が見えるだけ、島が見えるだけのところもある。そういうときは山のでこぼこした形や島の形を利用するんよ。わしは五十から六十ぐらいの網代を持っとるけど、全部頭に入っとる。兄貴は恐らく百ぐらいは持っとるんやないかな。前にも言うたけど、兄貴はこの町いちばんに稼ぐ漁師やけんな。そりゃ、漁師は記憶力がよからんとできんかったんぜ。
 
中には帳面を持っていって、山の交じり具合とか、島と島のくいあい(見え具合)とかを一生懸命つけとる人もおったけど、そういう覚えの悪い人はだいたいが人工の網代専門。自分の網代をよう見つけん人よ。
 
最近はちょっと事情が変わってきとって、記憶力のないアホでも漁師をやれるみたい。いまごろの船はほとんどがロランシーという機械を積んどるんよ。ロランシーというのはカーナビみたいなもん。衛星で海の上でも、自分の船がどの辺りにおるかがわかるようになっとる。やけん、網代を見つけたらロランシーに印をつけておけば機械が覚えてくれるんよ。
 
わしは持ってないよ。別に機械が嫌いというわけではないぜ。魚群探知機は積んどるんやけん。どうもロランシーはある程度の場所はわかっても、五十から六十メートルほどはズレてしまうらしいんよ。山を見て覚えるのは正確やけん、そのほうがええと思とるだけよ。
 
それに大事な網代のことを機械に頼ってばっかりではいかんとも思うぜ。万が一壊れたらそれですべてパーやけんな。まだ今は山を見れる人がおるけんええけど、山の見方がわからん若いもんばっかりの世代になって、みんながみんな機械頼りじゃ勘も働かんようになる。それこそ網代そのものを見つけられんようになってしまうかもしれん。網代のない漁師なんか、ただの船持ちぜ。
 

春の味・ワカメの新芽とネバネバ…

 
春になると、たけのこやたらの芽、わらびにぜんまい、つくし・・といろいろな山の菜が芽をだしてくるやろ。海もおんなじでな、もぐりをしよると三月に入ったころ、岩や石に根をはったワカメやひじきの新芽を見つけるんよ。
 
正真正銘、天然のワカメ。最近は養殖がほとんどで天然のワカメを食べようと思うたら、自分で採るしかないけんな。
 
ワカメやひじきらの海藻は陸の植物とおんなじで、太陽の光がないとよう育たんけん、だいたい三から五メートルのところに出とる。たけのこなんかようわかるけど、まだ春になりきらんころのは柔らかくて新鮮でうまいやろ。ワカメやひじきの新芽もすごく柔らかい。わしはとくにワカメが好きでよう食べるんよ。
 
ワカメは根の上についとる根かぶのところから芽が出てくる。芽が十センチくらいに伸びたぐらいが新芽。それ以上伸びたら、新鮮さがのうなるよ。桜の開花といっしょで、その年ごとの気候で伸び始める時期が変わるけん、気をつけておかんとちょっと見なんだら、すぐ伸びてしまうんよ。
 
採るときは、根かぶをとってしまわんように気を付ける。この根かぶは残しとったら、二番、三番とまた芽が出てくるけん。
 
この新芽は、ほんとうに「新鮮」という言葉そのまんまの味よ。ほんと、春を食べよる気がすらい。このワカメの新芽をマヨネーズにつけて野菜みたいにたっぷり食べるのが好きなんよ。もちろん、ワカメの王道の食べ方、吸い物に入れても風味がええよ。娘の東京のともだちが遊びにきたときに、吸い物に入っとるこのワカメに驚いとったな、「味がすごい。しかも肉厚」というて。天然のワカメ自体、そうは出会う機会がないやろうし、新芽なんか食べたらそりゃ、全然ちがうと思うぜ。
 
この新芽は短いけんもぐりで採らんとムリ。でも、十センチのちょっとしかない新芽をとるのは面倒やけんな。もぐり漁をしよる人でも採りよる人はおらんぐらいよ。この辺の漁師が採るんは浅瀬に入って採れる三十から四十センチくらい伸びたやつ。わしも面倒ではあるんけど新芽はやっぱ味がええけん、もぐらんわけにもいかんのよ。うちは店でも毎日使うけんな、一年分をこの時期に採っておく。だいたい二日間で四百キロぐらいかな。ワカメはほっといたらどんどん伸びるけど、あんまり大きくなったら色も悪いし硬くなってしまうけん。
 
実はもうひとつ、ワカメにはうまい部分があるんよ。根かぶ。さっきなるべく採らんようにと言うたところなんやけどな。ここを採ったら、二番三番が出んようなるけん、本当は残しておくんよ。それがあるとき、うっかり採れてしもうたんよ。食べる習慣がないけん、ふつうなら捨ててしまうところやけど、ちょっと気になってな。
 
せっかくやけん、食べてみたら、うまかった。
 
形はバラの花がもうすぐ咲きそうになっとるぐらいに、肉が重なりあっとる。大きさもバラの花とおんなじぐらいよ。
 
色は明るいグリーンで初めて見る人はまさかワカメとは思わんかもしれん。食感はコリコリして、ものすごいネバネバなんよ。箸でなかなかつかめんのやけん。これを刺身感覚で醤油につけて食べる。
 
とにかく磯の風味が強くて、歯ごたえがええんよ。ワカメは吸い物の具にしたり、魚の刺身のつまにつこうたりするけど、この根かぶなら、メインでいける。そのくらい主張も強い。一回食べたら忘れられん味よ。栄養価のことはようわからんけど、たぶんネバネバしとるところなんか、栄養があるんやないかな。
 
最近は町の人も浅瀬に入ってワカメを採りにきよるけど、根かぶもいっしょにもいでしまいよるけん気を付けてな。でももしうっかりとれてしもたら、ちゃんと捨てんと刺身にして食べてみて。ただほんとは、漁業権がないと、ワカメ自体採ったらいかんのぜ。
 

たかがタコ、されどタコ

 
タコ食べたことないという人はあんまりおらんのやない? タコはいつでもどこにでもあるし、安くて食べやすいけん。ほんでもタコを調理したことはあんまりないやないかな。結構、たいへんなんよ。
 
刺身にする場合。タコの刺身というたら、活きとらんといけんよ。まずまな板に吸盤をくっつけて、外側のぬるぬるネバネバした皮を素早く切るんよ。それはちょっとコツがいらいな。活きとるけん動くわけよ。手早うやらんとな。うわっつらのぬるぬる皮がとれたら次はまな板についとる吸盤とも切り離す。そうしたら白い部分だけになるけん。そいつを薄く薄く切る。切った身を皿にたたきつけたら、まだうにょっと動くよ。
 
そうやってちょっと動くぐらいで食べるんが活タコの醍醐味。ハリのある歯ごたえがあって、ほんでも硬いというわけでもない、独特の食感。噛んだ瞬間に甘みが出てくる。
 
まな板に残っとる吸盤は軽く湯にして刺身に添える。プチプチしとる食感もまたええんよ。
 
ゆがく場合。こっちのほうが大変よ。塩もみをせんといけんのよ。塩の味をつけるわけじゃないぜ。ようは塩でうわっつらのぬるぬるをとるんよ。これがそうとうに力がいる。料理屋やったら若いもんの仕事よ。
 
塩をひとつまみタコにふって、とにかく、もむ、もむ、もむ。粘りが強いけん、体重をかけるぐらいやないといけんよ。もみはじめるとすぐに洗剤を泡立てたみたいに泡が出てくる。もめばもむほど、どんどんどんどん泡が出てくる。塩を多くふれば泡がようけ出てええというわけじゃないきん、ふりすぎんようにな。あんまりふると、それこそ塩がしみて塩辛くなってしまうけん。ある程度もんだら、その泡を水できれいに洗う。それでもまだぬるぬるはとれんけん、今度は塩なしでもむ。また泡がある程度出てきたら水洗い。それを二回くらいやったらええかな。足の股のところはぬるぬるがとれにくいけん、たわしでこすって。それからやっと、ゆがくんよ。
 

 
ゆがくときはそのままやと硬くなるけん、うちではほどほどの硬さにするために酢と酒を入れる。ゆであがりの色をキレイにするためにしょうゆもひとふり。
 
甘辛く炊くときは大根と炭酸をいれる。炭酸と大根にはタコをやわらかくする成分が入っとるんじゃと。炭酸はあんまり入れたら味がえぐうなるけん、ちょっとだけな。
 
硬さは人の好みでええと思うよ、タコはもともと硬いもんやけん。
 
うまいタコを食べたいと思う人はいっぺん、自分で活きとるタコから準備して食べてみたらええわい。タコぐらいのことやけど、ちょっとした感動があると思うぜ。今まで食べとったんは何やったんか、というてな。ものによっては、卵(こ)が入っとるかもしれんよ。タコはどうも年に二回、産卵するみたいなんよ。やけん、卵に当たる確率が高い。産卵するんは個体差があるけん、一ヶ月早く子を持つのもおれば、一ヶ月遅いのもおる。それが二回あるということは、六ヶ月間チャンスがあるわけよ。タコの卵は珍味やけん。
 
タコなんか高いもんじゃないよ。でも、どうしても手間が大変という人は、せめて活きとるタコを仕入れよる店に行ってみて。ほんとのタコに会えると思うよ。
 

 

桜鯛のうそ!?

 
テレビはウソばっかりついていかんわい。「桜鯛」はいちばん鯛がうまいときの鯛やといいよる。何も知らん若い素人リポーターならまだしも、店のもんがいっちょまえに「桜の咲く時期の鯛は桜鯛というて、鯛に脂がのっていちばんええときですよ。昔の京都ではこの桜鯛しか食べんかった」とやら。
 
別の番組では、もと網元の漁師で今は店を構えとるという人がおおけな顔して「桜鯛は大きな子を持っとる肥えたのがすごくうまい」やと。
 
バカいうちゃいかんよ。なんで大きな子を持っとる魚がうまかったりするんよ。子が大きければ大きいほど栄養をとられてしもうて、身はやせてしまうんよ。肥えとるというんは、腹に子が入っとるけん、太ってみえるだけよ。
 
春頃の鯛は確かに、五,六月ごろの「麦わら鯛」に比べたらうまいよ。桜が咲くころの鯛を桜鯛というように、麦わらができるころ鯛を麦わら鯛と呼ぶんやけどな、麦わら鯛は鯛としてはいちばん悪いとき。産卵し終わって性も根も尽き果ててしまっとるころなんよ。桜鯛はその産卵を迎える一ヶ月前の鯛やけんな。
 
鯛がいちばんええときというのは、子を持つために栄養を貯えよる一、二月ころよ。このごろの鯛はほんと、見事にしっぽまで太うて刺身なんぞは「これぞ鯛」という風格のある味をしとらい。
 
なんで寄ってたかって桜鯛をうまいうまいとすすめるかというかというとな、春がいちばん鯛がよう捕れる時期なんよ。産卵するために鯛がのぼってきて、網にようけかかるんよ。たくさん捕れるときに“旬”というほうが、商売としては楽やけんな。まあ、いうても鯛やけん、そう変な味でもないし、ものによっては脂がノリに乗ったええやつもおるのも事実よ。自然のもんやったら、中にはちょっと変わった奴がおって、春にたっぷり栄養を貯めとるのがおったりもするんかもしれん。けど、桜鯛がいちばん鯛のええとき、つまり旬の鯛というのはウソやけん。
 
桜鯛だけじゃないんよ、テレビのウソは。
 
海からあがりだち(あがったばっかり)の魚を船の上や港で捌いてうまい、うまいというパフォーマンスを見せる番組もあるやろ。口を揃えて「とれたては新鮮でおいしいですね」というの。あれもどうかと思うよ。どんなに旬の魚でも一,二日はいけすで泳がして、身をしめささんと。とれたての魚は身がしっかりしまってないけん、包丁を入れると身が粗くてわれるし、ちぢかって(縮む)しまうんよ。プリプリした食感はあるけど、それは本当のその魚の味じゃない。ただ雰囲気や食感を楽しむのはええけど、とれたてがいちばんうまい、というのは間違い。「新鮮」というのは“とれたて”とは違うんやけん。
 
魚がその魚としての味を出すのは、いけすでしっかり泳がしてから上手にしめて、おろした身を冷蔵庫で五、六時間寝かして、しっとり身がなじんだころ。
 
一日もいけすで生きんような奴はもともとええ魚とはいえんよ。それに魚はしめ方でも味が全然違ってくる。活きがええときに一発でしめんと、自然と死んでしもうたら終わり。どんなに旬のええやつでも万が一、水の中で死んでしもうたら使いもんにならん。身はぐじゅぐじゅに柔らかくなってしまうし味も全くない。
 
ちょっと魚のことを知っとる人やったら常識やけど、どんな魚にも一発で苦しまんようにしめる「つぼ」があるんよ。カサゴやメバルのような小さいやつでも鯛や平目のような大きいやつでも場所はほとんどおんなじ、目の上あたり。
 
小さいのはアイスピックやキリでええけど、鯛や平目の大きいやつは「手かぎ」という道具を使う。カマの刃の部分がとがっとる道具というたらわかるかな。「つぼ」に狙いを定めて一発で刺す。力はいらんよ。女手でも簡単にできるぐらい。力がいるような場所は骨にあたってしもうとるんよ。つぼは頭の骨の横にある隙間の部分やけん。
 
上手につぼにあたったら口をぱかっと開けるんよ。そしたらすぐに血抜きをする。上手にしめられた魚は半日ぐらいは全身が硬直せんけん、できればその間に捌いてしまうとええわい。
 
へたな人がしめたらすぐに全身硬直しまうし、同じ素材やったら、上手にしめたもんと比べたら味が全然ちがうよ。これが言葉でいうんは難しいんやけどな、上手くしめられた魚の身はだらんとしとるんやけど、身の繊維はしっかりしまっとるんよ。へたにしめたやつとか、死んでしもうたやつは、全身は硬直しとるんやけど、身はぐじゅぐじゅに柔らかいんよ。比べて食べんとなかなかわからんかもしれんけど。
 
それにしても、桜鯛のことは誰しもが口を揃えていちばんうまいという。わしはやっぱり鯛なら、一月二月ごろの本当にうまい鯛も知ってもらいたい。それもわしが店をはじめた理由よ。
 

 
姿の活け造りは祝いの席には縁起物としても喜ばれる。もちろんうまいことにはうまいが、刺身はやはり少し固めでまだ、本当のうまみは寝かした鯛のほうが勝る。
 

ブランド名の疑惑!?

 
肉がどこ産かというのは信用できんというようなことがいわれとって、中には証明書を発行しとるところも出とるやろ。証明書を出すところはそれだけ自信があるんやろうな。一生懸命につくったブランド名を偽物に汚されてはかなわんもん。魚の場合もまあいろいろあらい。
 
たとえば、ふぐといえば下関が有名よ。いつの頃からからか、下関の市場はふぐが高く売れるという評判がたって、韓国近くや九州、四国のふぐをとる漁師がこぞって下関に持っていくようになった。とくに「南風泊(はえどまり)」という市場は日本一ふぐが集まるといわれとらい。数が集まる分、ええふぐが集まる確率も高いけん、下関のふぐならまちがいない、という風にも言われるようになったんよ。
 
でも最近は安いふぐを食べさせるところが増えて、下関でも天然のふぐがあんまり売れんようになった。代わりに養殖ふぐが売れよるんやと。天然でも養殖でも「下関から直送」というのには変わりないけんな。ただ、養殖のふぐはどこで育てられてもいっしょよ。ええふぐが多いという下関の評判も関係なかろ。
 
全国的に有名になったサバ、アジといえば「関サバ」「関アジ」。大分の佐賀関(豊後水道)という漁場で捕れるサバ、アジのことよ。伊予灘と宇和海の潮がぶつかり合う場所やけん、エサが豊富で体も鍛えられてよう肥えとる。脂もしっかりのっとって確かな味をしとる、というのはご存知のとおりよ。実はこの「関サバ」と「関アジ」、愛媛の佐田岬では「ハナサバ、ハナアジ」と呼ばれよるんよ。
 
どういうことかというと、関サバ・関アジが捕れる漁場は大分から船で三十分くらいのところにあるんやけど、そこは愛媛の佐田岬からも三十分くらいなんよ。佐田岬の船ももちろんええ魚を捕りたいけん、同じ漁場で漁をする。佐田岬の市場ではその漁場で捕れたサバやアジのことを「ハナサバ、ハナアジ」と呼んどる。
 
さらにその漁場にはここ(双海・下灘)の船も行きよるんよ。大分と佐田岬の船は一本釣りで漁をするんやけど、下灘の船は網で捕る。一般的には釣りであげた魚ほうがキズがないけんええというけど、一本釣りはあんまり大きいやつは捕れん。糸が切れてしまうけん。その点、網は小さいのも入るけど、大きいのも捕れる。サバやアジは大きいほど身がしっかりしてうまいんよ。
 
つまり、同じ漁場で捕れた全く同じサバとアジが、大分の市場にあがれば「関サバ・関アジ」、佐田岬の市場にあがれば「ハナサバ・ハナアジ」、下灘の市場にあがればただの「サバ・アジ」というそれぞれ別の名前で呼ばれるようになっとる、ということなんよ。ただ、大分のは売り方がうまかったんよなー。「関サバ・関アジ」はものすごい高い値がつくけど、下灘の船がとったやつはただのサバ、アジ。わしもこのサバやアジは好きやけん、あがったら仕入れて刺身にしたり、しめさばにしたり、さば寿司にして食べる。安いけど最高級のサバやアジよ。
 
どこそこのなになにやから、これはうまい、とかまずい、とかで食べるんはそろろろやめたほうがええんじゃない? 海の目の前、港の近くにある店でも養殖の魚を扱いよるところはいっぱいある。日本人は商売が上手いけんな。いちばん確かなんは、自分の舌よ。舌が満足したらええんやない。
 
うんちくはあとでついてくるもん。頭が満足するもんやけん。
 

 

伊予灘にシャチ現る!

 
確か、二十五、六年前のことよ。いつもの通りイカス漁に出て、かごを全部あげて、もう今日は漁もおわり、というところで、船の先に腹ビレを出してくるんくるん回りよるんを見つけてな、「フカ(サメ)が弱って動きよるんやわい。つかまえちゃろ」と思って近づいていったんよ。ちょうど船の真下にくるぐらいまで近づいていたら、白と黒のまだらが見えて、十二メートルある船よりもでかいその姿が現れた。シャチやったんよ。びっくりしたぜ。慌てて船を走らせて港に戻った。まさかシャチやとは思うてないけん、間近で太い腹ビレを見たときはさすがに怖かったわい。その日はたまたま春霞がかかって視界が悪かったのもあるんよ。「オルカ」とかなんとかいうシャチを捕らえようとした漁師がシャチに復讐する映画があったやない。観たことはないけど、なぜかそれも思い出してな。
 
その次の年か二年後か忘れてしもうたけど、今度は潜りをしよるとき。わしは海に入って漁をしよったんやけど、船にあがったらうちのが「お父さんが入っとったすぐ後ろで大けな魚が潮を吹いておよぎよったよ」というんよ。わしは「わけがわからんことをいいよらい」と思って聞き流しとったら目の前をすぅーっと白黒のやつが通り過ぎた。またシャチよ。「あいつか?」と聞いたら「そうそう」というて答えるけん、またまたびっくりよ。
 
イカスのときに見たのは海岸から三キロほどの沖のほうで、わしが見たぎりでおらんなったけど、このときは海岸から百メートルほどのところにおって、そのあと港のほうにも行ったようで、他の船が見かけて「てがう(ちょっかいを出して遊ぶ)とやばい(やんちゃ)やけん、相手にせんほうがええぜ」、というて無線が入った。大きいけん、いくら漁師でもつかまえようとはせんけど、もしてごうてぶつかってこられたら負けてしまうけんな。
 
こいつは一週間ぐらいおったんよ。もちろん、その間も普段通りみんな漁には出るよ。潜りもする。人間を喰うたりせんのはわかっとるけん、全然怖くないんよ。「今日はあそこでおよぎよらい」というて話題になるぐらい。伊予灘で生活しよるやつではないけん、珍しいのが入ってきたな、という程度でな。わしがイカスのときに怖いと思ったのは状況が状況やったけんよ。喰われるというのではのうて、ただその大きさに驚いたんよ。
 
シャチはそれ以来見かけてない珍客やったけど、イルカはよう遭うんぜ。この辺りでは、イルカを捕る漁はしよらんけん、わざわざつかまえることはないけど、やっぱり漁師やけん、中にはおるんよ。その人はたまたま網にかかったけん、つかまえたんやと。それが港に戻る間キュンキュンあんまり悲しそうに泣くもんやけん、なんぼにも辛くて、もう二度とつかまえん、とは言いよったけどな。
 
わしが今までいちばんイルカをようけ見たのは、海の上じゃのうて、この店からなんよ。なんか黒いかたまりが見えると思うたらイルカの大群。どっどどっど、飛んだり跳ねたりしながら長い列がとだえん。恐らく何千頭かはおったと思うぜ。どっかに行きよる途中やったんやろう。伊予灘には珍しい風景やったけど、海はつながっとるけんな、そういうこともあらい。
 

子をひるイカの活け造り

 
四月一日はイカスの解禁日。イカスというのはコウイカをとる仕掛けのことよ。コウイカは背中に大きい甲羅をもっとるまあるい形をしたイカで、このところ伊予灘ではいちばん数があがっとる。こいつが四月から六月の間は、海に落ちとる木の枝とか、ロープとか、ごちゃごちゃしたもんに子をひる(産卵する)んよ。イカの中でもアオリは海藻に子をひるけん、イカも好みがあるんやろな。気持ちよく子をひる場所というのには。
 
イカスはひとつずつ手作りする。いちばんようやりよったときはかごの数が四百二十個。まず長さ三メートル弱、幅二センチほどに切った竹で直径一メートルくらいの輪っかをふたつ作って、その輪が天井と底になるようにして網をつけていくんよ。ちょうど網で円柱ができるような感じ。その中心に“ごちゃごちゃしたもん”を入れてやる。このイカスを海に入れておくとイカはその“ごちゃごちゃしたもん”に子をひりにどんどん入ってくるんよ。それがイカス漁。
 
イカがどれだけ入るかは、気持ちよく子がひれる場所かどうか、つまり、その“ごちゃごちゃしたもん”にかかっとるんよ。わしが使いよるんは「女竹」のシラネ。ほっそりした女竹は根も細くて、シラネがうまいことごちゃごちゃ四方八方に開いとる。しゅーっと伸びとる普通の「真竹」やたけのこができるずんぐりした「もうそ竹」は、ごぼうみたいな根っこばっかりでシラネがない。
 
ただこの女竹のシラネはあんまり数がのうてな、探すのが大変なんよ。それでいっぺん普通の木の枝でやってみたことがある。葉っぱのついとるやつな。広島あたりでは葉っぱのついた木の枝を使っとるみたいやけん。
 
これは全然いかんかった。もちろん、入らんことはないんよ。でも確率が悪い。それにこいつは一年でだめになってしまうんよ。葉っぱも落ちて枯れてくさるけん。
 
女竹のシラネはイカス漁がおわったとき、ちゃんと洗っておけば五、六年はもつよ。ただシラネのごちゃごちゃしたところにようけ子をひっとるし、コケやらなんやらこびりついとるけん、普通に水で流すくらいじゃ全然だめ。以前は天日で干して乾いたところをほうきでたたいて落としよった。数があるけん干すのも手間がかかるけんな。それでわしはあの勢いよう水の出る洗車機をこうて洗ってみた。これがキレイに落ちるんでな。今ではイカス漁の人はみんな洗車機をもっとるぐらいよ。
 
ええ漁場やと、ひとかごにコウイカが十~十五も入っとる。値もようてな、一日で二十五万くらいは捕りよった。それが十五年くらい前の話よ。実はコウイカが好む砂地のええ漁場というのはだいたいが区域外でな。前は区域外で仕掛けとっても暗黙の了解みたいなとこがあったんよ。でも保安庁が厳しくなったけん、今は全然だめよ。かごは百四十個に減らしたし、値も落ちた。一日三万円もいかんよ。
 
このコウイカを食べるときは活け造りが多いんよ。この前、活きた魚は味がようないと言うたばっかりやけど、実際コウイカもそう。さばいてから冷蔵庫で寝かしたほうが、甘みは出る。活きとるやつは身も味も硬いけん、普通の切り方で食べたんじゃあ、うまくないんよ。ただコウイカは活きのいい食感を楽しむもん。そこで料理人の腕の見せどころよ。細かく包丁目を網目状に入れてうすくうすく切る。身の硬さが活きのいい歯ごたえに変わる瞬間よ。網目にしょうゆがなじんで甘みがグッと出てくる。
 
それになんといっても色がきれいよ。普通のイカの刺身は死んどるやつやけん、にごった白色しとるやろ。活きとるイカは透明度が違わい。
 
下足は天ぷらにして塩で。コウイカの風味が衣に閉じこめられるし、身はプリプリしとるぜ。
 
ビールのつまみにはバター焼きもいける。自分の主張があんまりないやつやけん、ちょっと色をつけてやるんよ。
 
イカス漁は仕事やけん、六月末ころまでやるけど、そのころのコウイカはほんとはおすすめできん。ええのは五月いっぱいまで。こいつは何回も子をひるんよ。子をひるごとにどんどんやせて小さくなってしまう。子をひりおわったら死んでしまうんやけんな。イカの命は一年。鮭とおんなじよ。
 
もちろん個差はあるよ。イカに限らんことやけど、なんぼ旬の時期でもやせとるやつはうまくないし、ちょっと時期は遅くても身のよう肥えたやつもおる。自然に活きとるやつやけん、いちがいには言えんけん。
 

たけのこメバルのあっさり煮付けと
即席お吸い物

 
たけのこが出てくるころからメバルはおいしくなる。魚を煮付けて食べるんやったら、わしはこのたけのこメバルがいちばん好きよ。肉付きがようて、身がプリッとしまっとるんよ。いわゆる旬といわれる脂がいちばんのってくるんは六月ごろなんやけどな、煮付けにするんは脂がのりすぎてない、ほどほどのほうがええ具合なんよ。
 
メバルはメバルのもっとる繊細な味を損なわんようにあっさり味付けするのがおいしく煮付けるコツぜ。よそのことはわからんけど、もし、メバルみたいな繊細な魚でさえもあら炊きのように砂糖としょうゆでこってり甘辛く味付けしてしまう料理屋があるとしたら、メバルが新鮮じゃないきん、においを消すために甘辛くするんやなかろかと思うんよ。もし新鮮やったら、せっかくのメバルの味をわざわざ殺すような味付けをするんは料理人として無粋やし、メバルがもったいなかろ。
 
たき方は簡単よ。
 
大きめの鍋にメバルを入れて、体がひたるくらいに水をいれる。水を入れすぎると全体に水っぽい味付けになるけん、鍋とメバルの大きさで調節してな。そこにうすくちしょうゆと酒を少し入れる。味付けはそれだけ。沸騰ささんように強めの中火で落としぶたをして十から十二分くらい煮る。強火でぐらぐらと沸騰させてしもたら、新鮮なやつは身がはじけてとれてしまうけん。弱火もだめよ。弱火で時間をかけてたくと、メバルのもっとる味や香りが汁に出てしまうし、逆に調味料の味が身に入りすぎてしまうんよ。
 
アクもしっかりとる。煮上がる前に味をみて、味がなじんでないようならそこで足りんもんを足す。
 
調味料の分量はそのときのメバルの具合を見てよ。同じころのメバルでもそれぞれ太さも身の張りようも違うけん。
 
作り方は簡単やけど、分量がちゃんと決まっとるもんじゃないきん、ようは具合よな。自然の素材は同じもんはひとつもないんやけん、ひとつひとつの素材の味を活かして料理するんが腕なんよ。
 
まあ、料理屋でも煮方は厨房でいちばん偉い人がやる仕事やけんな。
 
刺身を切るんは、ようは切るだけやけん。もちろん素材ごとで身の薄さや切り目の入れ方とかあるけど、そんなんは料理人としてできるんは当たり前。修行をすればまあまあできるようになるけど、煮付けの味だけは、その店の味を守らんといけんけん、その責任をまかせられる味のわかるもんじゃないとなれんのよ。
 
味がわからんかったら、いつまででも煮方はできん。
 
たけのこメバルの煮付けはもうひとつ、楽しみがあるんよ。全部食べ終わったら、アラや骨をおわんに入れて、熱湯をそそぐ。少しの煮汁とほんの数滴しょうゆを足したらメバルの即席吸いもんの出来上がり。水からたいとる煮汁やけん臭みもなくうまみが出とるし、骨からメバルのエキスがしみ出て、そらうまいよ。
 
カサゴなんかも煮付けはうまいけど、この吸いもんのうまさでいうたらやっぱり、メバルよ。たけのこメバルのほどほどの脂加減がちょうど吸いもんにええんよ。酒を飲んだあとなんか、格別しみるぜ。新芽のわかめを入れると磯の風味が倍増よ。
 
甘辛い煮付けに慣れてしもうとる人は、あっさりした煮付けも吸いもんも、もしかしたら味がないように感じるかもしれん。味覚はどんどん麻痺してしまうけん。素材の味を感じるには、日頃からどれだけ自分が食べよるもんに関心を持っとるかよ。日頃から食べ付けとかんとどんどん舌もおかしくなるよ。