甘い甘い夏のウニ

 
ウニの旬は五月から八月のお盆ぐらいまで。それでも五月いっぱいは身がまだ細くて色もうすいし甘みも浅いんやけど、六月中旬ころからは身が太くなって甘みが増してくる。とくに七月に入ってからのウニは最高よ。オレンジ色がかった黄色が鮮やかになるんよ。ほんとに濃厚で、「このウニはうまい」とわかっておっても、ひと口入れるごとにいちいちその深い味に感心してしまうんやけん。大袈裟にいいよるんじゃないんぜ。ウニは十一月ころに産卵したら身がのうなって、冬の終わり頃から少しずつ栄養をつけて、五月に入ったころにやっと身らしい形ができる。やけん七月に入ったころは最高潮に栄養をたくわえとるんよ。あんまりに甘みが強すぎてほかの魚が食べれんぐらいじゃけん。
 
ウニそのものの味を楽しむのは刺身で食べるのがいちばん。でもウニの甘みがいちばん生きるのはウニ丼よ。ほかほかの白いごはんにごはんが見えんぐらいたっぷりのウニをのせて、わさびをといたしょうゆを少したらして食べる。ウニは寿司もうまいけど、わしはあたたかいそのままのごはんとのほうが相性がええと思う。まあ寿司の場合は酒のあてにもなるし、好みではあらい。
 
寿司といえば、寿司屋には一年中ウニがあるんよ。わしが食べよるんはムラサキウニやけど、こいつはさっきいうたように、お盆を過ぎたら産卵の準備に入って身に白い卵がつきはじめて、秋頃にはそれが苦くて食べれんようになるんよ。産卵後は身がのうなる。もちろん、北海道のバフンウニとか、九州のほうにおるガンガゼウニとか浅瀬におるケンの長い黒ウニとか、ウニにもいろんな種類があるけん、産卵の時期も違って、ムラサキウニとは違う時期に旬のやつを入れとるんやろうけど、それでも一年中はないと思うんよ。わしも何回かほかのウニを試したことがあるけど、正直、わしは夏のムラサキウニがいちばんうまいと思う。
 
うちの店は地元の魚しか扱わんというてやりよるんやけど、実は一回、夏場にウニがきれてしもうて、北海道のウニなら大丈夫やろうと思って仕入れたことがあるんよ。北海道のウニは北海道のウニの良さがあるんやけど、やっぱり違っとった。わしはムラサキウニの粒子が細かくて、表面がからっとしとって、もちろん乾いとるわけじゃなくて、口に入れたときの繊細な舌触りが好きなんよ。それ以来、どんなに漁が悪いときでも、伊予灘以外のウニや魚はいれんと心に決めたんよ。寿司屋の場合はどんなにまずくても、ウニがない、というわけにはいかんのかいな。
 
もうひとつ、ウニのことでいうておきたいことがあるんよ。ウニのことが嫌いという人がけっこうおるんよ。好き嫌いは人それぞれやけん、別に口出しすることではないんやけど、うちのウニを食べたら好きになる人も多いんよ。自慢したいわけじゃないんぜ。
 
ウニはやっかいなことに、上手に包装して冷蔵庫に入れとったら、二十日ぐらい保つんよ。ようもったら一ヶ月ぐらいはなんとか食べられてしまう。でもいくら日保ちがようても、海からあがって一週間以内には食べんと、風味もなにもあったもんじゃない。腐るわけじゃないけど日にちが経つと木箱の臭みと、ウニから出た汁がまじって臭くなってしまうんよ。もちろん、旬をはずれたウニも、食べれたもんじゃない。
 
もし、ウニが嫌いな理由がそういうことなら、もったいなかろ。知ってほしいんよ、ほんとうにうまいときのウニを。やっぱり、生きとっていちばんええんはうまいもんを食べることよ。わしが店をはじめたのも、うまいもんを食べてほしいからやけん。
 

 

キングオブタコ

 
明石の人には悪いと思うけど、タコはどこのタコでも一緒よ。もちろん明石のタコもうまいと思うよ。ほんでもタコの場合、どこで捕れたかはあんまり関係ない。明石のタコは、潮が速いところで捕れるけんおいしいというみたいやけど、潮が速いというんやったら関門海峡でも速いし、豊後水道も玄海灘も速い。潮が速いところなんか日本中、世界中、海のつながっとるところはどこにでもあるんじゃけん。伊予灘は比較的穏やかやけど、場所によっては潮が速いところはいくらでもある。来島(今治沖)では大潮のときなんか十ノット(約十八km/h)以上あるよ。ほんでも、「タコは来島」とは聞かんやろ。
 
タコはどこにでもおるし、だいたい一年中あがる。前は三月、四月と九月、十月は漁が少なかったけど、最近は九月と十月だけやな、タコが切れるんは。恐らく春と秋に産卵するけん、力尽きて死ぬやつが多くてあんまり捕れんようになるんやろうけど、それでもわしがタコかごをしよったときは、九月、十月も捕れよったんぜ。直径一メートル幅くらいの丸い四角いかごに、小さい魚を入れとくとタコが入ってくるんやけど、タコはタコも食べるけん、先に入っとるタコを狙って入ってくるやつもおる。量があがらん時期やけん、タコでもええ値がつきよったわい。産卵の時期というても、いっぺんに海中のタコが子を産むわけじゃないし、タコが一匹もおらんなることはないよ。
 
タコは魚とちがって、旬がない。一年中だいたい平均してうまいよ。それが、ほんの一時期、梅雨に入る前ころから、突然びっくりするくらい身がやおくてきれいなやつが出てくるんよ。誰が食べてもすぐわかるくらい、全然違う。そいつはゆがいても火が通ってないんやなかろかと思うくらいみずみずしい。こんときのタコは特別よ。刺身はもちろん、普段のタコやったら歯の悪い人はちょっと食べにくいくらいに硬くなる天ぷらにしても、こいつはやわらかくてジューシー。タコ酢なんかいつもは箸休めに食べる料理やけど、うまくて箸がとまらんようになるよ。
 
うちの店の若い板場なんか、うちに来るまでタコにそういうときがあるのを知らんかって、わしがどんだけ説明してもようわからん顔しとったんよ。やけん、初めてそのタコにあたったときは感慨無量の顔しとったわい。「これがあの、キングオブタコか・・」いうてな。
 
こいつが最初に出てから二週間でパタッとおらんようになるんよ。キッチリ元のタコに戻る。これだけはなんでかわしもわからんのよ。産卵も関係ないし、旬というには短すぎよ。水温の変化かもしれんけど、違うかもしれん。
 
見た目でも全然わからんし、出てくる時期も毎年ちょっとずつずれるけん、普通の人がこのタコにあたるんは運よな。うちの場合は店で毎日使うけん、たまたまわかるようなもんよ。
 
タコの中でも旬がはっきりしとるんは、イイダコや手長ダコ。こいつらは卵を食べるようなもんやけん、卵が入っとるんが旬よ。ゆがいたやつを頭からまるごと食べる。新米の炊き立てみたいな卵が頭にパンパンにつまっとるんよ。ほくほくしとって味も新米のような甘みがある。
 
イイダコは二、三月ごろに卵が入っとる確率が高い。手長ダコは六、七月よ。手長ダコってわかる? 韓国では活きとるぐにゅぐにゅしとるのをそのまま生で食べるやつ。こいつは甘みが特別強くて味が濃い。身もやわらかいしな。卵がおらんときでも、わしは甘辛くたいて食べるのが好きよ。
 
手長ダコを料理するときはひとつだけ気を付けといて。八本の足うち一本だけ、先が平べったくなっとるのがあるんよ。その部分の二、三センチくらいは切り落とさんといけん。もしそこを食べたらじんましんが出てしまうことがあるけん。マダコは大丈夫よ。手長もその一本だけ。
 
海のもんに限らんけど、そいつがいちばんいいとき、旬の味を知っとるけん、旬じゃない味がはじめてわかるんじゃない。イイダコや手長みたいに卵があるかないかみたいに旬の印があるんは少ないけんな。
 

漁師が魚を供養する日

 

 
 お盆は仏さんを供養するのに加えて漁師にとっては特別な意味があってな。お盆の最後の日、十六日は魚を供養する日なんよ。いつも魚を捕って売ってしめて食べよるけん、この日は船に残っとる魚がおったらカレイでもウニでもアワビでも伊勢エビでも生きとるもんは全部逃がす。なるべく十六日までに売ったり人にあげたり食べたりはするんよ。ほんで、その十六日だけは魚を食べんと、お精進料理を食べる。一年にいっぺんだけの魚を食べん日よ。
 
 そして、浜で盆踊りを踊って、仏さんと魚を供養して送り出すんよ。盆踊りをする浜は漁師ばかりが住んどる「下浜」という部落にあるんやけど、魚を供養するためにここでずっと歌い継がれてきた唄があるんよ。「下浜」に限らん、農家の人が集まる近くの部落の盆踊りでもちゃんと作物を供養する唄があるらしいわい。たぶん、日本全国、ところところに仏さんや生き物を供養するような唄はもともとはあるんやない。ただ下浜も今は唄を歌える人がだいぶ死んでしもて、歌える人が少なくなっとる。その人らも歳やし…。
 
 昔は録音するもんもないけん、唄がなくなってしまわんように順々に歌い継いできとるんよ。いまやって、とくにテープに録ったりするわけでも、紙とかに書いて残しとるわけでもないみたい。そういうもんじゃないんやろな。唄を知っとる人がおらんなったら、唄ものうなってしまう。いつまでも残っとって欲しいけどな、わしも物心ついたころから盆になるとずっと聴いてきた唄やけん。わしはいかんよ。歌は大の苦手やけん。
 
 この唄で踊るときは、伴奏はなし。太鼓と唄だけよ。結構ええ歌ぜ。人から人に伝わっとるもんやけん、文句が変わっとるかもしれんけど。
 
 一にや一の谷敦盛様よ、
  二には新潟の観音様よ、
 
 三にや讃岐の金毘羅様よ、
  四には信濃の善光寺様よ、
 
 五つ出雲のお社様よ、
  六つ六角堂の六地蔵様よ、
 
 七つ奈良の大仏様よ
  八つ八幡の八幡様よ、
 
 九つ高野の弘法大師
  十で処の氏神様よ。
 
 わたしゃ今来たァ 沖なかの舟よ、
  何処に取りつく、やれさ、島もない。
 沖の暗のに白帆が見える、
  あれは紀の国、やれさ、みかん舟。
 みかん舟なら、いそいでのぼれ、
  冬のやまぜがやれさ、西となる。
 わしの音頭は、うさぎの手足、
  おびにみじかし、たすきにゃながい。
 今度大阪、浪花の町にゃ
  おらはしらねど、酒屋が出来た。
 酒屋内には、おとどい子供、
  兄は二十三、その名がもんぺ。
 やあれ兄さん、ご病気じゃそのが、
  医者をむかようか、薬をよもろか。
 おらが思ても、あの娘がきらや、
  いそのあわびの、やれさ片思い。
 おまえ百まで、わたしゃ九十九まで、
  共に白髪のやれさ、はえるまで。
 
 だんだん、時代が変わってきとるけん、最近は「お盆」というても仏さんを家で迎えるなんてことはせんかもしれん。大事な「休み」やけんな。ほんでも、どっかに遊びに行くとしても「仏さんへの供養」の気持ちを持っておったら、守ってくれるんじゃない。

ウニがご馳走のワケ

 
ウニを採るには潜ってひとつひとつ採るしかない。ウニは石の下におるけん網とかではかからんけん。わしが採るムラサキウニは海の底が砂地で、そこにポツンとある石の下におるやつが身が太くてええウニよ。底が石ばっかりのところにおるやつはなんでか、ようない。身がうすいか、小さいか、なんよ。
 
海水浴をしよるような岩場で見かけるウニは、黒ウニ。ケンが長いやつな。あいつも割れば身が入っとるけど、味がなくてうまくない。
 
ウニはちょっと値が高くて、普段に食べるというより、特別なときのご馳走という感じやろ。それは人が潜ってひとつひとつ採ったもんやから、というのもあると思うよ。人が一回で採れる量は限界があるけん、網でごそっと捕れる魚とはちょっと価値が違うんやないかな。それにウニは食べるようにするのに特別手間暇がかかっとるんよ。
 
潜って採ってきたウニはそのままイガイガの殻ごと売っても金にならん。栗といっしょよ。でもウニの身は栗の実を出すよりずっと大変なんぜ。
 
まず、殻を割る。どうやるかというと、真ん中にあるウニの口に長いステンレスの棒をふたつ突き刺して、てこの要領で、ふたつにきれいに割る。これにはコツがあって、棒を刺す力具合が弱いと殻に穴が開いてしまうだけで割れんし、力加減がうまくても、上手に真ん中に刺さんと割れ方によっては身がつぶれてしまったりもするんよ。身をつぶしてしもうたら潜って採ってきた苦労も水の泡やけんなあ。うちの子供が小学生のころはウニ割りの名人やったんよ。ウニの季節は学校帰りに必ずこのウニ割りをやらせよったけん。最近ではウニを割る専用の道具ができて、よいよ簡単にきれいに割れるようになっとるみたいじゃけどな。
 
割ると殻の内側に沿うようにして黄色い身がくっついとる。ひとつのウニに身は五つ。タコの足が八本なんといっしょで、ウニの身は五つと決まっとるんよ。
 
次にそのウニの身を出す。半分になったイガイガのウニの殻を片手でもって、もう片方の手で平らなスプーンみたいなもんで中の身をそいでいく。身を崩さんように丁寧にな。このときに身だけじゃなくて、内臓や身のまわりに黒いカスがついてくるけん、とりあえずこの段階では、身とカスは全部殻から出して、大きめの四角いバットに入れておく。
 
面倒なのはこのあと。今度はパットに移した中身からカスとウニの身を分けていく。身しか見たことのない人には想像つかん状態やと思うけど、身の裏に黒いカスがくっついとるんよ。とり残しがあるかもしれんけん、今度食べるときに裏を見てみて。これを箸でひとつずつとっていかんといけん。これがほんとうに細かい作業でなあ。箸を器用に使えんとカスをとるときに身をつぶしてしまうけん集中よ。ほんと、肩もコチコチになるぜ。
 
小さいカスもきれいにとって、やっと身だけになったところで、最後に箱に並べていく。
 
これも柔らかい身をつぶさんように丁寧に箸でひとつずつつまんで、キレイに並べていくんよ。並べ方にもコツがあって、隙間ができんように箱の底が見えんようにひとつひとつの身の大きさを調節しながら上手においしそうに並べる。ふたを開けてみてスカスカやったり、身の並び方がバラバラやと、いっぺんに「よっさんところのは悪いウニ」というレッテルがついてしまうけんな。
 
こうやってやっと市場に持っていけるんよ。わしが採るんはだいたい一日に箱七十から八十枚くらい。一枚につかうウニは六つくらいやけん、ウニは四百個から五百個とりよるということになるな。
 
このウニ詰め作業は港の防波堤で家族そろってやるんよ。わしが漁から帰ってくる時間はちょうど子供が小学校から帰ってくる三時ごろ。子供は遊びにも行きたいやろうけど、遊びに行かすのはウニ詰めが終わってから。そりゃ、機嫌ようはなかなかやらんよ。ほんでも、こうやってひとつひとつのウニで家族は生きていけるということが自然と伝わるもんよ。どんなにすねとっても、ちょっと力を入れたらつぶれてしまうウニの身を大事に大事に扱うんやけん。
 
さて、中身を出してしもうた大量のウニの殻。自然に戻るもんやけん、海に捨ててもええもんやけど、これを農家の人が欲しがるんよ。
 
この殻を二週間ほど夏の天日にあたらせて干しておくとカラカラに乾くけん、それを金槌でたたいて粉々にする。この粉を畑にまくと、作物がおいしくできるんやと。つまり、肥料になるんよ。殻に海の栄養がつまっとんかな。こいつを蒔くと、土が肥えて、どんな作物も甘く立派に実る。スイカやかぼちゃ、トマトに大根。ミカンに伊予かん。どんなんにでも合うみたいよ。
 
ウニが旬の季節は毎日のようにウニを採りよったけど、殻は次々に農家の人がとりに来て、全部のうなるんやけん。よっぽどええ肥料なんやと思うよ。ウニは全部利用できるし、お礼にできた野菜やくだものを持ってきてくれるし、持ってきてくれたもんもうまいし、自然のもんはやっぱりようできとらい。
 

 

漁師の縁起担ぎ

 
ここらへんの漁師は海に持っていく弁当には梅干しを入れんし、十三日の金曜日は漁にいかん。
 
なんで梅干しがダメ? と思うかもしれんな。梅というたら、弁当につきもんやし夏場なんかは弁当が腐らんようにするのにもええけんな。けど、たとえ弁当に梅干しを入れて漁に出たとしても、梅干しの種は海に捨てんと持ってかえる。種に意味があるわけじゃないんやけどな。ちゃんと持ってかえったという証のようなもんかな。別に決まりがあるわけじゃないんよ。
 
梅干しの何がいかんかというと、梅干しから連想する味よ。「梅干し」と言われたらどういう味を想像する? 「すっぱい」やろ。これがいかん。「す」を引く、というて縁起が悪いんよ。「す」というのは「素網」のこと。網になんもかかってないってことなんよ。梅干しに限らん、巻き寿司とか、酢の物とか、酢が入ったもんも持っていかん。
 
この辺で十三日の金曜日に漁に行かんようになったんはここ十数年のことではあるんよ。十数年前、二年連続でその日に大きな事故があってな、死者が出たんよ。その人らはたまたまやろうけど、「わしらは仏教やけんキリストなんか関係ない」といいよって事故に遭うた。
 
日にちのことでいうたら、正月にも同じようなことがあったなあ。正月はまず三が日は休まいな。四日は組合の総会が開かれよったけん休み。で、本来なら五日が初漁ということになる。ほやけど五日には消防団の出初め式があった。別に漁師と消防団とは関係はないんやけど、この辺では消防団に入っとる漁師が多いんよ。その人らは休まんといかんやろ。もし万が一家が火事になったときには世話にならんといけんし、初漁はみんなでいっぺんに行こうや、ということで消防団に入っていない人も五日は休みにしよったんよ。それがある年に消防団に入っていない漁師が「消防団の人は年俸ももらえるんやけん、わしは関係ない。五日からいくぜ」というて漁に出た。そしたらその人が事故に遭うてしもた。それ以来何十年も五日まではみんな休むようになったんよ。
 
で、六日からは堂々と漁にいける。やけど、今度は六曜を見んといかん。初漁やけん、どんなに天気がようても、日が悪い日はいかん。天気とのタイミングが合わんと、十日ぐらいは休みが続くこともあらい。
 
子供が小さい頃は「今日も休みなん? ええなー、大人は」とうらやましがっとった。当のこっちは早う漁に行きたいんやけど、仏滅や赤口にいくようなことはようせんけん。
 
二、三年前に総会の日取りと出初め式の日は変わったんよ。今は五日から行くけど、縁起を担ぐことは変わらんよ。
 
漁師は“板子一枚地獄”というてな、落ちたら地獄というところで仕事しよるけん、昔からの言い伝えに背くようなことはせんし、ちょっとでも気を煩うようなことは避ける。
 
縁起担ぎとは関係ないかもしれんけど、漁師は万が一、海で事故があったときにはその人は全く知らん人でも、全員が協力して捜索にいくんよ。何日でも漁を休んでな。
 
海に生きるもんの生き方というと大袈裟やけどな、海とか仲間とか漁に対しての思いというかな、そういうのを大事にしとるところが、漁師のええところやと思うんよ。
 

 

ロブスターと伊勢エビ

 
こんなこと、のっけから言うのもなんじゃけど、伊勢エビと思って食べよるほとんどのもんがロブスターかもしれんよ。ロブスターというても、はさみの大きな種類のやつとは違って、伊勢エビとそっくりなやつが、海外におるんよ。
 
こいつと伊勢エビは見た目ではうりふたつ。色といい、形といい、どこをとっても同じ。若干の違いといえば、伊勢エビは濃い赤か朱色っぽいのが多くて、ロブスターはピンク色っぽいのが多いというぐらい。でも伊勢エビでも白っぽいやつもおるけん。わしらでもよう見分けんぐらいやけん。
 
ほじゃけん、店でロブスターを「これは伊勢エビですよ」と出されても仕方がないわい。だれもわかりゃせんもん、正直に「これは海外から入ってきた伊勢エビそっくりのロブスターです」というバカはおりゃせない。たまには良心的な人が「ロブスターですよ」と言うてくれるかもしれんけどな。日本人はエビとかカニとかがとくに好きやろ。ええ商売になるんやろな。やけん、海外で捕れたロブスターが活きたままで、大量に安く入ってくるんよ。
 
ロブスターと伊勢エビを見極めるコツは・・・。カンタンよ。
 
食べたらすぐわからい。これはどんなに食べ慣れてなかろうが、絶対にわかる。食感も味も、それはまったく別のもんやけん。ロブスターは身がぐったりとしとって、やせとって味もなんもない。何を食べよるんかわからんぐらい。
 
伊勢エビはというたら、とにかく身がしゃんとしとるんよ。刺身はもちろん、ボイルしようが、焼こうがキメが細かくてしっとりキレイでな。プリンプリンとした食感といい、甘さといい、比べもんにならんうまさよ。
 
食べるだけじゃ自信がないというなら、肝心要のミソを見たらええわい。ロブスターにはほとんど頭にミソがない。伊勢エビにはどんなに小さいやつでもたっぷりミソが入っとるけんな。
 
それでも自信がないなら、しょうがないわい。最終手段は値段よ。伊勢エビは養殖がおらんけん、どんなに小さくても本物なら天然もん。一尾五千円以下では食べられん。安い値段で出てきたやつは間違いなくロブスターよ。
 
伊勢エビはいつ食べてもおいしいんやけど、八月に入ると産卵前で動きまわりよるけん、数がようけあがるんよ。ようけいうても、ひと網十尾かかるぐらいやけどな。魚やったら、産卵前はうまくない時期なんやけど、伊勢エビはほとんど年中、変わらん。身が細くなることもないし、味が落ちることもない。
 
ほんとに伊勢エビを楽しむんやったら、一キロ級のやつを食べるほうがええぜ。
 

 
伊勢エビは四百や五百グラムの小さいやつでも、大きいのと同じように頭があって、殻もちゃんとあるけん、身はほんとうにちょっぽししかとれん。一キロ級の三分の一ぐらいになってしまうんやけん。 
 

 
一キロ級やったら、まず、身の半分は刺身にする。なんぼ大きいというても鯛とかに比べたらやっぱり貴重な身やけん、ひと切れずつ、ゆったりと極上の甘みと食感を味わうんよ。伊勢エビは刺身で腹を膨らせるというもんじゃないけんな。半分は天ぷらにする。衣を薄く薄くして、さっと揚げた揚げたてを塩で。もったいないように思うかもしれんけど、刺身だけしか味わわんのももったいないぜ。天ぷらは旨みを逃がさんようにする料理やけん、旨みが凝縮して最高よ。
 
頭の半分は焼く。香ばしく濃厚なミソはひげの身をほじくってつけたりして、ちびりちびり楽しみながら味わう。ミソの香りだけでも酒が飲めるぐらいよ。
 
そして頭の半分はみそ汁よ。半分でも十分にミソの風味が豊かでしっかりした味になるんぜ。伊勢エビはこのみそ汁だけでもええという人もおるぐらい、みそとミソが合うんよな。
 
うちみたいな田舎でも店で出すなら一キロ/一万五千円くらいはかかる。三人で食べたら一人五千円。街のほうではもっと高くてびっくりするかもしれんけど、思い切って食べるなら、大きいほうが絶対に得よ。
 

サメはおいしい夏の味

 
もう覚えとる人も少ないやろうけど、二十年ほど前、愛媛の漁師がサメに食べられたんじゃないかっていうサメ騒動があったんよ。あのころはちょっと網にサメがかかったというたら、すぐ新聞社とかテレビがやってきて、写真やビデオを撮ってかえりよったわい。そのあとには日本海で頭がハンマーみたいな形をしとるシュモクザメが出るというて海水浴が禁止されたりしよったろ。
 
サメなんか昔からずっとおるのに。もちろん、伊予灘にもシュモクザメはおるんぜ。小さいけどな。
 
サメは別に人間ぎり(だけ)を狙って活きとるわけじゃないけんな。めったに噛まれることなんかないんよ。サメ騒動のときやって、貝を食べるのを間違えてつい、噛みついてしもうたんじゃない? それでもよっぽど珍しいことじゃけん。
 
漁師はサメは怖くもなんともないんよ。魚を捕るんが商売じゃけん、サメやって、網にかかったらとって帰って売る。そんなに銭にはならんけどな。だいたいはかまぼこの材料になるけん。
 
それが、夏の時期だけはサメが高く売れるんよ。
 
夏に何が何でもサメを食べんといかんという風習が宇和島や広島のほうであってな、宇和島の場合は夏の祭りやお盆で来たお客さんに食べさせる郷土料理的な感じ。広島は山のほうの人が祭りのときに食べよる。サメは日保ちがするけんな、ものがない時代に夏の祭りぐらいは刺身でも食べようというのでサメを食べよったのが風習として残ってきたみたい。
 
サメなら何でもええらしいけど、肌に点々がついとる「のーくり(ホシブカ)」か、似たようなんで点々がついていない「ソジブカ」あたりがよう売れる。このふたつは七十から八十センチくらいの大きさで、背ビレがあって、見た目はサメっぽいよ。顔はちょっととんがり気味かな。これが二十年前までは市場でふぐと同じぐらいのキロ一万円ぐらいしよったんよ。それが十年ほど前には半額ぐらいになって、最近はええときの十分の一のキロ千円~千五百円ぐらい。安い時期に仕入れた冷凍が出回るようになったのと、最近の若い人は祭りじゃけんというて郷土料理を食べるということもせんようになった。ダブルパンチで安うなってしもたんやと思うよ。まあ、サメがふぐほどの値がしよったんもどうかと思うけど。
 
ほんでもこいつら、実際のところ夏場には結構いけるんよ。湯ざらしにしてみがらし(酢みそ)で食べると、あっさりしとってな。皮目にはゼラチンがあるけん、ほんのり甘みもあって、ハモみたいな食感よ。そりゃ、味はハモまではいかんけど、ビールのつまみにええぜ。どっちかというと、「ソジブカ」のほうがゼラチンの甘みがうまい。
 
刺身で食べるなら「イサバ」というサメがおすすめ。体中に点々があって、いわゆるサメみたいなまんまるくんどる(丸い)顔をしとらい。成長したら三メートルも四メートルにもなるやつやけど、食べるんなら一メートルぐらいのときがええわい。大きくなったら切るだけでも大変よ。
 
こいつは身がものすごいキレイなんよ。しっかりして歯ごたえがあるし、臭みもなくあっさりしとるけん、夏場になんにも刺身がないときはわしもあらいにして食べる。養殖の魚を食べるよりはずっとええよ。
 
ヒレはちょっとゆがいて(ゆでて)、これもみがらしで食べる。「生フカヒレ」よ。あの独特の繊維質は生でもあるけん、食感がええわいな。中華料理屋で高いことフカヒレを食べんでも十分よ。だいたい、フカヒレというのは食感がええだけでそう味があるもんじゃなかろ。これならかまぼこ屋にゆうたらただでもらえるぜ。
 
ただ、生はゆがきすぎんこと。繊維がとけてなくなってしまうんよ。いわゆる「フカヒレ」は干しとるやつやけん、よく煮込んで味をつけとるんよ。
 
他にもいろいろなサメがおる。ネコの目によう似た目をもつ「ネコザメ」、まだら模様で頭が丸い「ひちかみ」とか、ここの市場にはだいたい十種類ぐらいはあがらい。
 
うちの店にはいけすがあるんやけど、にぎやかしにたまに網にかかったサメを入れとるんよ。「のーくり」は泳ぎ続けんと止まったら死んでしまうやつやけん、ひっきりなしに泳ぎよらい。余ったイカの刺身をいけすに入れてやったらパクっと食べるんよ。けっこうかわいいもんぜ。
 
「ひちかみ」は底でじっとしとるタイプ。こいつがうちで卵を生んだことがあってな。最初、入れた覚えのないもんがフラフラ動きよるけん、びっくりしたんよ。これが変わっとってな、ネジみたいなスクリュー型の形なんよ。色は黒くて、殻は硬いゴムみたい。子どもがおもちゃを落としたんかとか思うたぐらいよ。よく見ると中身が透けて卵らしいもんが見えた。本来フカ系が子を産むときは、人間みたいにそのまんまの形をしたやつが腹から出てくるんよ。じゃけんまさかひちかみのとは思わんかったけど、いけす屋のおやじに聞いてわかった。うまいことかやる(孵る)とええなというてみんなで見守っとったけど、温度が合わんかったんか、残念ながらいつまでも卵のままやったわい。
 
サメ=コワイ=悪いやつみたいに考えるのは勝手やけど、サメは海にはおるもん。それが当たり前やけん。たぶん、サメのほうが人間を怖がっとるぜ。
 

サメの卵。当時の写真はなかったので、フォト蔵から似たものをお借りしました。

安産祈願にアワビをまるごと

 
この辺りでは妊婦にアワビを食べさせる。アワビを食べたら安産になるというのが昔からの言い伝えなんよ。しかも食べるときはアワビをまるごとかじって食べんといかんのぜ。わしも母親からそうせんといかん、と聞いただけで理由はわからんけど、たぶん、包丁で身を切るというのがいかんのやと思うんよ。鯛の塩焼きでも普通は火が通りやすく、見栄えようするのに身に包丁で切れ目を入れるけど、お祝い事のときは切れ目を入れんと焼くけんな。やっぱり「身を切る」のは縁起が悪いけん。
 
これがただの言い伝えやと侮ったらいかんぜ。うちのもふたり子供を産んどるけど、わりと安産やったし、息子の嫁なんか初産やのに、担当の先生から「超」がつくくらい安産やったっていわれたんやけん。
 
アワビにはもうひとつ妊婦に食べさせるといいといわれとるところがあるんよ。肝よ。肝を食べると目のキレイな子供が産まれるというてな。まるごと食べれば肝も食べることになるんやけど、まるごとかじるには焼かんことには噛みきれんやろ。この場合の肝は生で食べるほうがええんよ。肝がいいというのはちゃんと科学的に証明されとるみたいよ。アワビに限らん、貝の肝に含まれる栄養素が視力を良くするというて、たまたま見たテレビの番組でいいよったけん。視力がよくなるということが、目がキレイということなんやろな。
 
妊婦が食べるには旬もなにも関係ないけど、うまいアワビを食べるなら七月に入ってから。夏のアワビは殻からあふれるぐらいに身が肥えとる。冬ごろのアワビは殻の中に身が隠れてしもうて、やせこけとるけんな。
 
旬の間は刺身で食べるのがおすすめよ。身がやわらかいんよ。魚と違って貝の刺身は脂が乗ってくるわけじゃないけん、口当たりはサッパリしとるけど、噛んでいくうちにアワビ独特の磯の風味と甘みが強く出てきて、さすがに高い値をつけるだけの上等な味をしとらい。旬をはずれるとアワビというてもただコリコリ硬いだけやきん。
 
肝もきれいな色をしとるんよ。オスはクリーム色、メスは緑色で本当に鮮やか。冬ごろの肝は黒ずんどって、ちょっと苦みもあるけど、旬の時期は甘い。日本酒好きにはこの肝の刺身はたまらんぜ。キリッと冷えた酒につるっと濃い味が最高のあてになるんよ。
 
焼いて食べるならおどり焼きよ。殻側を下に網の上にのせると身がくねくねと踊るように動くんよ。動きが止まったら軽く身のほうもあぶって香ばしくなったところを熱いうちに食べる。歯で楽にかみ切れるぐらいにやわらかいし、ほんとええ香りがすらい。海の味がついとるけん、塩もなんもつけんで十分ぜ。
 
夏は夕方の涼しくなったころにバーベキューをやるんよ。昔はバーベキューセットなんかなかったけん、ドラム缶を半分に切ってやりよったけど、最近は安いのがあらいな。やっぱり炭で焼くとええ具合に焼けてうまいわい。
 
ただ、アワビは高いのが問題よな。こんだけうまい海の幸をもっとかんたんに食べれたらええと思うけど、昔に比べたら量が減ってしもとるけん、最近はよけい高いんよ。
 
わしが潜りをしよった三十年ぐらい前は一日で三十から四十キロは捕れよったんよ。それが今は一日潜って五から十ぱいぐらいしか捕っとらんみたい。全国的に減ってな。
 
たぶん、捕りすぎよ。磯が傷んだというのもあると思う。アワビは岩の下とか、間におるんやけど、捕るときに石をはいでそのままにしとる人が多かったんやろうな。同じ所ばっかり捕るとか。場所を少しずつ変えて小さいやつは育てんといかんわい。
 
アワビは夜にエサを食べるんよ。岩に隠れとるのがほうて(はって)動くけんな、夜はようけ捕れるんよ。ほんでも、県条例で潜りをしていいのは日が昇ってから沈むまでと決められとる。やけん、夜は潜って漁をしたらいけんのよ。
 
でも、なんといっても、値がええきんな、違反して捕りよった人もおった。そういうことも関係しとるんじゃろうな。いくら値がようても、数が捕れんと商売にならん。わしは違反のことはどうでもええと思うけど、自分で自分のクビしめるようなことをしよったらいかんわいな。
 


鯛より高価な夏のアブラメ(アイナメ)

 
夏本番を迎えるころに脂がのってくるうまい白身の魚というたらアブラメ。ずんぐり丸々っとしとって、茶色い棒状のその姿形はまるでビール瓶みたいよ。見た目は決して高い魚とは思えんけど、六、七月ごろやったら、鯛の倍の値はする。いつでも鯛が高価でうまい魚やと思うたら大間違いぜ。夏場の鯛は産卵後で痩せとるうえに、あがる量も多いけん、一年の中でいちばん価値が低いんよ。
 
アブラメは水深が五から十メートルくらいの岩場に住んどって、オオジャク(エビの仲間)やミミズ(ゴカイ)などの虫をエサにしとる魚やけん、釣りをする人もよう狙いよらい。ただ、たいていの魚は旬じゃないころにたくさん釣れる。産卵の一ヶ月くらい前から、産卵後一ヶ月ぐらいはあちこち動きまわるけん、そのときはよう釣れるんよ。残念ながらそのときは身の状態はようない。前もいうたけど、旬といわれるんは産卵の四ヶ月ぐらい前の少しずつ白子や真子がつきはじめるころ。しっかり産卵をするためにたっぷり身に栄養を貯えとるよ。こういう旬のときの魚はエサの豊富な魚礁でじっとしとるけん、釣りではめったに釣れん。もちろんまったく釣れんというわけじゃないよ。エサをうまいことあわしたらな。それも釣りの醍醐味なんじゃない。
 
わしら漁師もおんなじで、テクニックがいる旬のやつほど捕り甲斐がある。前の日にここだと思った場所に網をしかけといて、次の日の朝、狙い通りにアブラメがかかっとったらそりゃうれしいぜ。とくに一升瓶ぐらいに丸々肥ったやつがあがったら最高よ。釣りの人には申し訳ないけど、網のほうがあてる確率は高いけどな。
 
ただ最近は一升瓶ほどのやつは少なくなった。全体的に量が減っとらい。いまはビールの大瓶ぐらいやったらええほうよ。
 
アブラメは白身というてもあっさりした味を思うたらいかんよ。しつこいくらいやけん。そんなアブラメに合う料理は何といっても“やきしも”よ。“やきしも”というんは石鯛のときにも紹介した皮がついとる刺身のこと。まず、三枚におろして、中骨を抜く。骨を抜くんが面倒な場合は中骨部分を切ってのけてもええよ。身を串でさして、皮の側を直接火にかけてパリッと少し焦げ目がつくくらいの強火で焼く。身まで火が入ってしまうのは焼きすぎよ。かといってサッと焼くだけじゃあパリッとはならんけん、具合をみてな。ようは、カツオのたたきみたいなもんよ。ただカツオは両面を焼くやろ。こいつは皮のほうだけ。焦げ目がついたら氷水に入れる。熱がとれたらすぐにあげて、水気をとればあとは刺身を切る要領で。
 
つけるんは梅肉かポン酢がおすすめやな。好みでしょうゆでもええけど、ちょっと甘すぎるかもしれん。皮と身の間にある脂が独特の強い味があるんよ。その脂の甘みと香ばしい皮にサッパリしたたれをつけて食べると暑くて食欲がなくてもどんどん食べてしまうんよ。梅肉かポン酢が合うというのもわかるやろ。ヒラメやカレイが上品な白身なら、アブラメは激しく荒々しい白身。旬の身はハリがあるけん、食感もしっかりしとるよ。
 
焼き物も煮物もうまいんよ。ただ、丸ごとやるにはちょっともったいないけん、頭を切るときに、頭のほうに五センチくらい身がのこるようにする。頭を真ん中で割って、それを焼いても煮ても食べ応えがあるけん。
 
焼くなら塩でも素にレモンをかけるのでも、ひしおみそでも、好みでな。煮るならしょうゆと酒であっさりと。いらんこと、調味料の味をつけんことよ。
 
刺身におろしたとき、もし中骨をきっとったら、それは吸い物に。ちょっとびっくりするぐらいにええだしがでるよ。うまい吸い物をつくるんは味付けが繊細で難しいと思うかもしれんけど、旬の魚のアラでもあれば、あとはしょうゆを少量たらすぐらい。高級料亭にも負けん極上の味になるんぜ。
 
アブラメは夏には鯛より高いというたけど、旬のときの鯛やヒラメに比べたら安いもん。せっかく日本におるからには、季節に合った旬の魚を味わうのも一興よ。
 

梅雨の水を飲んでうまくなるスズキ

 
梅雨がくるとこの辺の漁師はよいよ(本当に)漁に出んようになる。雨が降るとガスが入るけんな。山が見えんで網代がわからんようになるし、障害物が見えんけん衝突の危険もある。何よりカッパを着るのを嫌うんよ。ムシムシして気持ちわるかろ。雨が降ったらだいたい漁は休みよ。
 
ほんでも捕る魚がおらんわけじゃないけん。旬の魚はおるよ。梅雨の水を飲んでうまくなる代表的な魚がスズキよ。
 
スズキは冬のころは大根を喰うほうがうまいと言われるくらい、食べられたもんじゃない。そいつが梅雨入りが近づく五月の終わりころから劇的に変わってくる。梅雨の水を飲んでうまくなるというて、本当に梅雨の水を飲むけんうまくなるということではないんよ。これはたとえ。梅雨の時期に旬を迎えるということで、ことわざみたいなもんやけん。
 
まず、見た目が全然違ってくる。冬から春ごろはどんより色つやがないんよ。もともと黒っぽい魚やけん、やせてつやのない細長い姿は食べてやろうという気もせんわい。
 
それが梅雨のスズキは全体的に黄色みがかって、艶っぽい。真ん中あたりに点々があるんやけど、その点々が金色に鮮やかに光ってキレイな姿をしとらい。体もよう肥えとる。あー食べたいなーと自然と思わいな。
 
旬のスズキは「あらい」にして食べる。身を洗って食べるんよ。まず三枚におろしたら皮をすく(とる)。氷水をいれたボウルに水道の水をだーっと流し入れて、そこに皮をすいた身を入れてバシャバシャ洗う。これで身の外側についとる脂をとばすんよ。氷水に入れるんは、とにかくあっさりさせるため。中の脂まではとってしまわん。その外側のあっさりと中の脂ののり具合の舌触りがうまいんよ。
 
脂ののってないやつは氷水に入れたとたんに身がふやけて白っぽくなってしまうけん、それで体ができとるかどうかもわからい。だいたいそういうやつを洗ってしもうたら水っぽくて食べられんやろうけど。
 
脂ののったやつは氷水に入れてもあんまり状態は変わらん。とはいうても、あんまり長く洗いすぎたらやっぱり水っぽくなってようないけん、洗いすぎんように身の締まりどころを見計らってな。だいたい四,五回バシャバシャっとするくらいでええと思うよ。一尾一尾で脂ののり具合なんかも多少違うけど、その具合までわかるようになるんはプロの職人でもなかなか大変やけん。
 
洗いができたら周りについた水気をとって、あとはへぎ造り(斜めに三ミリくらいの厚さで薄く切る)にする。
 
この「あらい」は皿が肝心。氷をしいたガラス皿の上に並べるんよ。夏に向けてどんどん蒸して暑くなってくるけん、刺身はぬるいのより、ひやい(冷たい)もんがおいしかろ。笹でも飾れば見た目にも涼しいよ。
 
こうして身を氷水で洗って食べるのは海の魚ではスズキぐらいよ。ただ、洗うというても、臭みがあるからでも脂が多すぎるわけでもないけんな。昔から旬のスズキはあらいで食べてきとる。これは昔の人の知恵やと思うよ。急に暑くなる梅雨ごろはあんまり食欲がなかろ。そんなときでも日本人の大事な活力源である魚をたくさん食べられるように、と考えたんじゃないかな。
 
しゃっきりと身のしまったスズキのあらいとつめたく冷えた酒があれば、ムシムシした夏の夜もええもんぜ。旬の鯛を思わせる身の甘みとあらい独特の歯ごたえはスズキの専売特許よ。
 
もともとスズキは鯛と並ぶ高級魚やったんよ。それがここ数年、変なイメージをつけられて食べる人が少なくなっとるみたいでな。
 
スズキはどこにでも移動する魚で、河口とか港にも入っていくんよ。きれいなところなら別に問題ないよ。でもたまたま、汚されとる河口や油の溜まった港に入ってしもうたやつらがたまたま調査のために捕られることがあった。そのことで、人間が汚したくせに、まるでスズキが危険みたいになってな。そのころからイメージが悪くなったんよ。スズキがかわいそうやわい。海で泳ぎよるスズキは姿はもちろん、内臓も身もキレイよ。ほんとうは上品な気高い魚なんよ。うまいスズキのあらいを食べたらそんな変なイメージはいっぺんにとんでしまうはずよ。