うまいものにはトゲがある

 
生きとる魚というのは慣れんかったら、なかなかよう触らんやろ。ようテレビで釣りなんかやっとって、若い女の子が魚を釣ったはええけど、「きゃー。」いうて竿を振り回しよるのを見かけらいな。まあ確かに魚というのはたいていのもんがトゲがついとるけん、ちょっとでも先が刺さると痛いけんな、わからんでもない。
 
漁師はどんな魚でも触り方はわかっとるし、多少トゲが手にあたるぐらいじゃあ、なんてことない皮の厚い手になっとる。それに網から魚をはずすのにいちいちそんなの気にしとったら仕事にならん。
 
ほんでも漁師を長いことやっとると、極極たまにやけどものすごい痛い思いをすることがあるんよ。網にそいつがおると気づかんと、いつものように魚を投げとるとプスリ。
 
わしの場合はだいたいが海の中よ。潜りをしよるとき、そこにそいつがおるとはわからんと手をもっていってしもうて刺されてしまう。
 
もうおわかりかと思うがそいつの名前はオコゼ。上から下まで黒々しとって、海の中では敵から身を守るために周りの岩と同じような肌合いをして岩陰に隠れとるけん、よっぽどジーッと見よらんとそうは気づかんのよ。レジャーダイバーみたいに観察するために海に入っとるわけじゃないけんな。
 
刺された瞬間は「あいたっ!」という程度やけど、五分・・十分・・と時間が経ってくると強烈な痛みが襲ってくる。「ズキズキ」なんてどころの騒ぎじゃないぜ。あまりの痛さに一生懸命に大きく息を吸わんといけんような呼吸困難になる。刺されたもんにしかわからん痛みよ。
 
こうなるとすぐに引き上げて医者に行って注射をうってもらう。このとき、トゲが刺さった分だけの注射をうつんよ。いちばんひどいときは手のひらに四本刺されたけん、四本の注射を手のひらにうった。
 
注射をうてば痛みはいっぺんにひいていく。見事なぐらいにな。よっぽど強い注射なんじゃと思うぜ。その後は腫れがひくのに二日ほどかかるけど、痛みは一日で治る。この辺は漁師が多いけん、医者もオコゼ用の注射をちゃんと準備しとるんやと思うんよ。都会の病院ではめったにないやろうからな、オコゼに刺されたというて来る人は。調理するときに刺されるようなマヌケな料理人もおらんやろうしな。
 
オコゼのトゲは猛毒でな、医者がいうには「刺されどころが悪いと毒がまわって死んでしまうこともある」らしい。幸い、この辺の漁師にオコゼに刺されて死んでしもうたやつはおらんけどな。
 
猛毒というても、オコゼはトゲさえとってしまえば旬にはうまい魚よ。オコゼ好きは本当にオコゼ一筋でな、うちの店にもそういうお客さんがおって、毎回オコゼを頼んでくれるぐらい。ただ、旬をはずすと食べれる魚じゃないけん、秋冬限定よ。
 
わしのおすすめは刺身。他の魚といっしょで、旬を迎えると身がほんのりとアメ色がかって透明感が増してキレイよ。
 
カワハギみたいに肝は細かくたたいて、ふぐみたいに身をうす造りにしてポン酢で肝とあわせて食べる。しゃんとした食感に肝のほんのりした甘みとポン酢のサッパリ味が合うんよ。
 
「オコゼといえば唐揚げよ」という人がおるかもしれんな。確かに料理として全国的に有名なんは「唐揚げ」で人気があるんもわかるよ。オコゼの皮は揚げるとパリッと香ばしくて甘みが出るんよ。でも唐揚げが好きな人ならなおさら、身は刺身にしといたほうがおいしいオコゼの唐揚げが食べれるぜ。 
 
刺身にした残りのアラを唐揚げにするんよ。硬い大骨のある頭や背骨は先に包丁の背でたたいてつぶしておいて、カリカリになるくらい強めに揚げる。こうすると、複雑な頭周りの骨も、背骨もヒレもきれいさっぱり、跡形もなくバリバリっとぜんぶ食べることができる。
 
それが身ごとまるまま唐揚げにするとしたら、第一に身の具合を考える。カラッと揚げるのは当然やけど、頭がカリカリになるぐらいに強く揚げたら、身のほうがパサパサしてしもて食べれたもんじゃないけん。その前に、頭をたたいてつぶしておくのが難しい。料理としての見てくれが悪いやろ。でもそれをやっとかんと、いくらカリカリに揚げたとしても、口に入れたら痛いぐらいの硬さは残る。背骨だけはさばくときに別に取り出して、アラでやるのと同じようにしっかり揚げて骨せんべいにできるけど、オコゼは頭の比率が大きいけんな、ここをどう食べてやるかが食べるほうの大事なマナーよ。もちろん、身や皮をしゃぶって骨は残すのでもええけどな。
 
あんまり唐揚げが好かん人はアラをみそ汁か吸い物にしたらいい出汁がでるよ。
 
オコゼは煮付けもうまいんよ。いつも同じ料理法やったら一回試してみて。皮のうまみと、淡泊でぷりっとした身があっさりした味付けで生きてくるけん。
 
ここまでの話は黒オコゼのことぜ。大きいヤツは四十センチくらいにもなる。釣りしよるときにたまにかかったり、海水浴で刺されたりするのは赤オコゼ。こいつは浅いところの砂地とか藻の下あたりにおって、どんなに大きくなっても五センチぐらい。ほんでもこの赤オコゼも食べれるんよ。まるごと唐揚げにして頭からバリバリっと。けっこういけるよ。
 

 

伊予灘のギャング!? 

 
わしが住んどる町は下灘と呼ぶんやけど、下灘はわしが生まれるずっと前からの漁師町。「魚見」という姓はよその土地じゃあ珍しいようやけど、下灘にはようけこと「魚見」がおって、たいがいが漁師よ。姓がつけられた由来はどうかわからんけど、農家の人にはおらん姓やけん、なんかしら漁師をやりよるのと関連があったんやなかろか。
 
下灘の漁師は昔から腕がようてな、「天然の魚を捕る」ことにかけては四国一、いや日本一かもしれん。わしが食べるにも、店でお客さんに食べてもらうにも「天然もん」にこだわっとるんは、ここ下灘の漁師として誇りがあるけんよ。漁師というても、ほかでは養殖をやりよるところが多いし、集団で組んで漁をしよるんやけど、ここは養殖はやらんし、集団にもならん。個人で競い合うけん、腕も伸びるんよ。今でも船数が多くて、後継者問題にも苦労しとらん。
 
この下灘の漁師が五十年ほど前は新聞をにぎわすぐらい有名やったんよ。
 
なんもせんで新聞をにぎわすのは珍しい動物ぐらいのもんでな。それこそ、ええことをして載るのはスポーツ選手か文化人ぐらいよ。
 
その五十年前ころの下灘の漁師はものすごい稼いどった。漁師のバブルとでもいうかな。いわゆる八十年代のバブルよりずっと前の話。
 
魚を捕るときに底引き網を使う漁があるんやけど、下灘の漁師は底引き網に板をつけて漕ぎよったんよ。そうすると板が海中で扇状に広がってな、大量に魚が入る仕掛けよ。網だけでやるより倍以上は入る。一回の網で倍以上入るんやけん、儲けも倍以上。たいがいの船がいつも満船(もうこれ以上は船に載せられないというぐらいの大漁)にしとった。商売をするからにはようけ儲けたいんやけん、そりゃみんな板漕ぎをやる。少なくても一日六,七万円。満船にしたら十五,六万くらいにはなるけん。今の価値でいうたら五,六十万という大金よ。ほんと、華々しい時代やったわい。
 
ただこのバブルにはひとつだけ問題があった。実はこの漁法、違反なんよ。海の場合は、いっぺんに捕れすぎる漁法はダメという考え方でな。農家の人やったら表彰もんぜ、ようけ収穫できる方法をあみだしとるんやけん。
 
違反やのに、なんで板漕ぎ漁ができたか、というか、やりよったかというとな、広い広い海の上、どういう漁法をしよるかは近くまで寄って漁しよるんを見んとわからんのよ。板を船に積んどるだけじゃあ、違反にはならんけん。漁師を取り仕切っとるのは県の海上保安庁。保安庁が違反の船をつかまえるには現行犯を見つけるしかない。
 
海の上は見晴らしがええけんな。万が一、保安庁の船が「あの船は怪しい」と思って近寄ってきても、板を捨ててしまえばええんよ。もしそれも間に合わんと思うたら網ごと捨てればいい。板とか網はあとから探して拾えばええんやけん。
 
もういたちごっこよな。ある意味、無法地帯を地でいっとった。
 
わしが漁師になったのもそのころ。
 
ただ「悪銭身に付かず」とはよう言うたもんでな。ようけ稼げば稼ぐほど漁師の遊びは派手になる。酒、女、ギャンブル・・。わしなんかほかにやりたいことがあったのに仕方なしに漁師になったけん、稼いだもんは全部つこうちゃると意気込んで遊びよったけん。
 
そんなんが十年ぐらいは続いた。 
 
ええ時期がそんなに長く続いたのも愛媛県の保安庁がけっこう融通が利くというか、大目にみてくれとったというのもあるんよ。それが、人間、欲なもんでなあ。自分らの領域だけで済ましとたらよかったもんを、山口や大分にまで手をつけ始めてな。山口や大分の漁師らは違反漁なんかせんと真面目に捕りよったんやけん、まだまだようけ魚がおったんよ。そこへ下灘の漁師が板漕ぎでごそっと捕っていってしまう。そりゃあ、地元のもんは怒るわいな。山口や大分の保安庁もどういうことだというてきた。
 
そしてついに、地元の新聞にたたかれた。
 
「伊予灘のギャング・クロの船団が瀬戸内海を荒らす!」という見出しで、新聞の一面にデデーン!と大きく載せられてしもうた。
 
そのころの下灘の船は船が海で目立たんように灰色に塗っとったんよ。夜にこっそり漁をやったりするけん。軍艦といっしょ。それで「クロの船団」とか「ギャンク」とか言われたんよ。
 
これでは愛媛の保安庁も面子が立たん。
 
下灘の港の前に保安庁の船が毎日駐留するようになった。船が港から出れんように見張るために。つまり、完全封鎖。当時子どもの作文に「港に保安庁の船がおるけん、うちのお父さんが仕事に出れません」とあったというんやけん、子供心にもちょっと異様な風景やったんよ。なんと封鎖は一年間も続いた。漁に出れなんだら当然漁師は食べていけん。下灘の漁師はみんな出稼ぎにいった。大阪に行く者もあれば、広島に行く者もおった。
 
わしはというと、知人の紹介で近くの町の農機具をつくる会社に就職。生涯、会社勤めをしたんは後にも先にもこのとき限りよ。一ヶ月ともたんかったけど。工場長とケンカしてしもたんよ。
 
年の頃はちょうど二十歳。十六歳から漁師になって、それまでずっと自由気ままにやりよったんよ。それが、急に朝から「はい、みなさん! 体操しましょう」とか、「はい、みなさんで社歌を歌いましょう」とか。なんぼにもやれない。
 
それに一日働いてもらう金は二千円からせいぜい三千円。漁師で派手に稼いどったけん、コツコツした仕事に耐えれんかったのもあったんよな。もうそのときは結婚しとったけん、石割をしよる嫁さんところの実家を手伝いながら食べつないだ。
 
下灘の漁師が復活でけたんは、他でもない、魚と漁の腕前のおかげ。封鎖されたときは板漕ぎしか頭にないけん、保安庁がついてくると思うてよう沖に出んかったんやけど、ある漁師が正真正銘、違反なしの許可をもらっとる道具で漁に出たんよ。そのとき、剣崎イカに当たった。これがまた、大当たりでなあ。剣崎イカはまた、下灘に活気を呼び戻した。
 
出稼ぎにいっとった人らもみんな噂を聞きつけて次々と戻ってきて剣崎イカを捕り始めた。板漕ぎ漁のときよりも景気がよくなったぐらいよ。
 
このとき下灘の漁師が変わったことがひとつある。保安庁の指示で、船を灰色から黄色に塗り替えたんよ。目立つようにな。ほんでも「魚を捕ってやる」という漁師魂は一寸も変わりはせんぜ。
 
実のところ新聞でたたかれるような違反をしよったとき、下灘の漁師は「悪いことをしよる」という気持ちはなかったんよ。魚を捕るのが漁師の仕事。大漁を揚げて何が悪い、たいした漁もできん奴のほうがしょうもない、みたいな感じでな。
 
剣崎イカにしても、下灘の漁師が魚を捕ることにかけては優秀やったけん復活できたんよ。大漁を揚げるのはわしら漁師の誇りやけん。
 
捕りすぎると魚がおらんなるとか、すぐに環境問題とか言うけどな、下灘の漁師はたかが小さな町の漁師がちょっとようけ捕ったぐらいで生態系が崩れるとは思うてないんよ。もともとの海は人間が考える以上に豊かで、ものすごい数の卵が生まれては育っていきよんよ。やけん、違反といわれても「それがどうした」という風よ。
 
ここ数年は温暖化の影響で海水がたこうなって、大量にウニが死んでしもうたり、捕れんようになった魚もいっぱいおる。それに、山の木が伐採されて川の水が汚れたり、家庭排水で毒の混ざった水を海に垂れ流しにすることのほうが、よっぽどものすごい力。海がおかしくなるんは、そういうことやと思うぜ。
 

黄色一色の下灘の漁船
 

残りものから生まれた鯛めし

 
ここらへんの漁師が一年を通していちばんよう食べる魚は鯛。というのも年間通したら量的にいちばん捕るのは鯛なんよ。鯛というたら高価やし、そんな贅沢なもんをいちばんよう食べるんか、と思うかもしれんけど、高く売れるんは活きとる鯛。海から引き上げたやつの中にはどうしても死んでしまうのも出てくる。鯛は深いところに大群でおるもんやけん、いきなり海上に上げられたショックも大きいし、暴れて互いにキズつけあったりするけんな。ヒラメとかカレイのように単独行動をしよる魚は、そうそう死んでしまうことはないんやけどな。
 
死んでしもうた鯛は市場で売ってもタダ同然。やけん、そういう鯛は家に持って帰って焼いたり、炊いたり、鯛めしにしたりしておかずにするんよ。しめる前に死んだ魚は刺身にはできんよ。
 
鯛めしというのは、文字通り鯛を入れた炊き込みごはんのこと。ところによっては、小さい鯛を頭ごとまるまる一匹入れたやつを郷土料理として出しよるみたいやけど、それは店が見た目を派手にしようと思ってやっとるんよ。
 
わしらが食べる鯛めしは、そんなたいそうなもんではない。アラの残りもんを捨てるのはもったいないけん、ごはんと一緒に炊いたらうまかった、というんで昔から漁師の家庭で食べよる。捕ってくる魚の種類はいろいろあるけど、こうやって炊き込みごはんにして食べるのは鯛ぐらいでな。他の魚がごはんに合わんということではなくて、やっぱり鯛がよう余ったけんなんよ。
 
祭りのときや組合や消防団の集まりとか、何かごとで集まりがあるときもやっぱり出てくるのは鯛料理。なんといっても鯛はめでたい魚やけん、派手になるんよ。たとえ法事とかでも、集まってくれたお客さんが喜んでくれるんがいちばんやろ。そのときもごはんものは鯛めしよ。アラはムダにならんし、一石二鳥。ただ、結婚の祝いや葬式なんかになると、鯛は使ってもごはんは鯛めしじゃのうて、赤飯とか巻きずしとかちらし寿司にする。いくらおいしくても、残りもののアラを使っとるという意識があるけん、正式な場所ではお客さんに失礼になると思うんよ。なんか微妙な違いのような感じもするやろうけど、こういうのは、何が正しいとかがあるわけじゃないきん、ようはお客さんに気持ちよう思ってもらいたい、というもてなす方の気持ちの問題よ。
 
作り方は炊き込みご飯やけん、たいして変わったことをするわけじゃない。忘れたらいけんのは、アラは最初に熱湯をぱっとかけて、魚特有のぬめりをとっておくこと。野菜はにんじんとごぼう、好みで油揚げも少し。味付けはしょうゆ、みりん、酒を少々。あとは炊飯器がやってくれるけんな。いくら贅沢にしようと思っても身だけを入れるんじゃあいけんぜ。身からは出汁がでん。アラじゃないと。
 
炊きあがったところで、アラを全部出して、骨についとる身をほぐしとったら身だけを炊飯器のほうに入れる。それでざっくりと混ぜれば出来上がりよ。
 
米のひと粒ひと粒に鯛のうまみが染み込んどって、甘くて香ばしい。とくに底にできるうすこげは格別うまい。万が一、炊きあがってうすこげがついてないときはちょっと加熱したらすぐにつくよ。
 
漁や子供の学校に持っていく弁当にもええわい。冷めれば、冷めたなりに味が落ち着いて改めて鯛のうまみがわかるんよ。
 
翌日、ちょっと硬くなった鯛めしもまた楽しみ。お茶をかけてごはんをほぐしてスープごとさらさらと流し込む。即席の鯛茶漬けは二日酔いの朝めしにももってこいよ。
 
うちらの漁師はあんまり遠洋にはいかんのやけど、たまに泊まりがけで漁に行くこともあるんよ。そういうときは船の上で鯛めしを炊く。泊まりのときは炊飯器と水、しょうゆぐらいは船に積んどるけん、その日に捕った小さい鯛か死んだ鯛を入れればすぐできるやろ。たくわんに、すまし汁でもつけりゃ立派な晩飯になるんよ。
 
鯛めしは漁師の生活になじんだ料理。これこそ漁師料理かもしれんな。
 
うまいのを食べようと思ったらくれぐれも養殖もんは使わんようにせんといかんよ。あんまりそういうことを言うと怒られるけど、別に養殖を批判しよるわけじゃないんぜ。わしは、個人的に、養殖独特のねっとりしたにおいの油が好きじゃないというだけやけん。 
 

いまはうちの看板料理になっています。
 

郷土料理「さつま」は漁師の家庭料理

 

 
 秋の涼しい風が吹くとな、どうにもこうにも食べとうて仕方なくなるもんがあるんよ。
 
 それは「さつま」よ。
 
 「さつまあげ」とは全く違うもんぜ。「さつまいも」とも関係ない。「薩摩」は鹿児島のことやしな。
 
 実はわしもなんで「さつま」と呼ばれるようになったんかは知らんのよ。ここ下灘の郷土料理みたいなもんで、この辺の家庭じゃあどこでも作りよる。
 
 「さつま」というのはな、ひとことで説明すると、白身魚の身をこなごなにしたもんが入ったみそ仕立ての汁。汁というても、こなごなになった白身がたっぷり入るけん、少しとろみがある。それを白いごはんにかけてざらざらっと食べる。みそ汁茶漬けみたいなもんよ。
 
 これはな、白身の魚やったらまあ、どれでもええんやけど、できればあんまりあっさりしすぎとらんと、ちょっと脂が乗ったようなやつがうまい。わしのとこはだいたい太刀魚を使う。
 
 さっき秋風が吹いたら食べとうなると言うたやろ。でもこの料理は秋じゃないと食べられんとか、秋じゃないといかんという理由はないんよ。別に春でも夏でも作ろうと思うたら作れるんやけん。ただ単にわしのさつまの印象が秋なんよ。
 
 わしが小さいころ、秋になるとようおふくろが作ってくれよったけんやろうかなあ。秋口に入ると太刀魚がようけ釣れるようになるけん作りよったんかもしれん。太刀魚は漁師が遊びで釣るんやけど、多いときは一日に百本ぐらいは釣れるけん、いくら一生懸命食べても間に合わんのよ。捨てるんはもったいないしな。それに、あんまり高い魚を使うんはもったいないけん。
 
 さつまは店でもメニューに入れとるんやけど、わしのさつまの印象があるけん、ずっと秋から春先までの限定メニューやったんよ。それがお客さんの要望があんまり多いけん、今は年中出すことにした。魚は鯛でも何でもできるけん。
 
 作り方はけっこう手間がかかる。
 
 まず白身魚を素焼きにする。焼けたら手で身をほぐして、大きな骨だけ取り除いておく。ほぐした身はミキサーに入れて粉々にする。ミキサーがなければまな板に置いて、包丁で細かく細かく粉々になるようにまるまで砕くのでもええよ。とにかく粉々にするのがええんよ。食べたときにざらざらっとお茶漬けみたいに流し込むけん。
 

 
 みそは麦みそを使う。みそはすり鉢に塗って、ガス台にふたするようにして、表面をこんがり焼く。焼けたらそのすり鉢にだし汁とさっき粉々にした魚の身を入れて、さらにすりこぎですれば出来上がり。
 

 
 これにこんにゃくの細切りとあさつきをひとつまみ入れて、ぬくい(温かい)ごはんにかける。あさつきとみそは相性がええきんな、ええ塩梅になるんよ。
 
 昔は貧乏やったけん、おかずがないときに食べよった。栄養もたっぷりぜ。腐る材料が入ってないけん、日保ちもする。冷蔵庫で三,四日は平気よ。
 
 この前、テレビで「冷や汁」というのを見たんよ。こっちは名前の通り冷たいみそ汁で、中に魚の身とキュウリとか野菜とごはんが入っとってシャキシャキ感がええらしい・・。これもどっかの郷土料理みたいなことを言いよったよ。味は似とるとは思うけど、さつまと冷や汁は別のもんぜ。
 

漁師の天気予報

 
漁師にはなにはともあれ、日より(天気)が大事よ。風が吹いて波がでとると海に出ても作業ができんけん漁にならん。雨の日もカッパを着とっては動きにくいけん、風がなくても漁にはいかん。暑さとか寒さの点では平気なんよ。暑かったらちょっと船を走らせたら涼しいし、漁をしよるときは、そんなに暑さとか寒さを感じんのよ。魚がかかとったら早う網からはずさんといかんけん、それどころじゃない。
 
一年で天気が安定しとるのは夏よ。台風が来ん限りは漁に出れんほど時化ることがないよ。秋や冬は“しらた”が出る日が多い。“しらた”というのは雲ひとつない青い空にうっすら白い雲のすじが出たり消えたりすることをいうんよ。昼間、どんなに天気のええときでも、空に“しらた”が出たら、だいたい明くる日は(南西風)が吹いて雨がふる。
 
夜、西の空がぴかっぴかっとほぜっとる(明るく光っている)ようなときは日よりがない。どんなにその時点で海が凪いどっても、必ず次の日は時化るんよ。
 
星があんまりキレイに光るときも時化の前触れ。星がキレイに見えたらふつうはうれしいんやろうけど、わしら漁師は「あ~明日は時化て、漁に出られんなあ」と憂鬱になってしまう。こういう空になるんはだいたいが冬よ。冬はよう風が吹くけん漁に出れる日のほうが少ないんよ。
 
日よりは空の色や雲行き、星の光を見て、風がどっちから吹くか、どのくらいの強さかを判断する。毎日空は違う顔をしとるけんな、パターンはあるけど、その日の天気は一日も同じ日はないんぜ。ふつうの人は雨が降るかどうかぐらいしか天気は気にならんかもしれんけど、漁の場合は風が重要やけん。何時ごろ風がどっちから吹くか、それからどう風が変わるか、というようなことはもちろん、雨がどのくらい、何時ごろに降るか、暑くなるか寒くなるかもわかる。
 
最近の天気予報は衛星とかやらで、昔にくらべるとずいぶん進化しとるみたいやけど、それでもいつまでたっても「当たる確率」は悪いな。だいたい予報する区域が大きすぎるんよ。日本全国の天気をいっぺんに予報しようとするのは無理があらい。全国の漁師に予報を聞いたほうがよっぽど当たるんじゃない。その場所に立って、空を見とったらわかるはずやけん。子供も遠足や運動会なんかの前の日は、テレビの天気予報なんか信用せんと、必ずわしに聞きよったわい。
 
この日よりの見方は年取った漁師から教わってきたんよ。毎日毎日、港に集まって空を見ながら、明日の風はこうなる。天気はこう・・という風にな。
 
ラジオもテレビも携帯電話もない、今みたいに便利な世の中じゃないころでも昔の漁師は日よりを見て判断できんと、漁に出れんけん。漁師ならではの独特な日よりの見方ができるようになったんよ。万が一、日よりを見間違って、海が時化るときに漁に出たら、漁ができんぐらいじゃすまんけんな。波に船がもっていかれたら終わりじゃけん。
 
わしがいうのもなんじゃけど、漁師はえらいもんよ。こうやって天気予報よりずっと当たる日よりを見られるんじゃけん。こればっかりはどんなに科学が進歩してもこれからもずっと漁師の間で言い伝えられると思うよ。
 

 

北風がつくる一夜干し

 
 このあいだ、料理が出てくるテレビ番組で天日干しのひものが貴重で珍しくなってるとゆうておったけど、ほんとに情けない話よ。天日でほさんで、どうやってうまいひものがつくれるんよ。だいたいこれだけ季節によって風の変わる日本で年中ひものを食べようというのが無茶な話よ。
 
 ひものづくりには北風が吹く十月から十二月が最高の季節。乾いた風が魚のうまみを素早くぎゅっと閉じこめるんよ。一月二月の真冬に吹く北西の風も乾いとって問題ないけど逆にひものにええ魚がおらん。せいぜいアジぐらいのもんでな。
 
 わしがこのところ気に入っとるのは「エソ」「アマギ(エボダイ)」「アオリイカ」。こいつらは秋にしか捕れん。アオリイカは産卵にやってくる春先にもあがるけどその時期には風がふかんし、吹いても湿っとるけん。
 
 エソはかまぼことかの練りものに使われるもんで、市場で売ったらとろ箱ひと箱五百円くらい、一匹あたりでは五円くらいの安い魚よ。身はぐにゃぐにゃしとるし小骨も多いけん普通には食べれたもんじゃない。でもひものにするとこんなに繊細なうま味を出す魚はおらんぜ。小骨も気にならんようになるしな。
 
 エソというても、ルアー釣りなんかする人が釣ってバカにされる外道のエソとは別のもんなんよ。釣りの人がよう釣るのはウロコが硬いやつよ。こいつも骨がましくてあんまり食べるところはないけど、体半分からしっぽのほうにかけてなら骨も少ないけん食べやすい。塩焼きや唐揚げにすればけっこういけるよ。わしがいうエソは「ミズエソ」とも呼ばれるウロコがやおくて(柔らかい)小さいやつ。砂底に住んどるけん釣りでは釣れんのよ。
 
 アマギは生のまま煮付けや塩焼き、唐揚げにしても淡白なあっさりした味で好まれる魚よ。もともと身にそれほど主張がないけん、どんな料理にも合うし小骨も少のうて食べやすいんよな。それがひものにするとどこに隠れとったかと思うようなしっかりした味がでてくる。酒のつまみと思って食べとっても白いごはんが食べたくなるよ。
 
 エソやアマギに比べると格段に値のはるアオリイカは刺身で食べても甘みが強くて十分勝負できるんよ。それをあえてひものにするのはアオリが持つ底力に出会えるけん。その甘みになんとも香ばしい風味が加わる。
 
 わしはこいつを正月に食べるのが楽しみでな。店も漁もあるけん、一年でいちばんゆったり休めるのは正月ぐらいなんよ。年越しそばを食べたあとに、このアオリのひもので飲む酒はうまいよ。ただ、タイミングよう、正月前にアオリがあがらんときもある。それも自然のことやけん仕方がないわい。そのときは次の年までの楽しみよ。
 
 ひものは買ってでしか食べたことない人がほとんどやと思うけど、つくり方はけっこう簡単なんよ。エソやアマギのような小魚は背から開いて内臓をとっておく。アジの開きみたいにな。それをたて塩(海水より少し薄いくらいの塩加減)に十五から二十分くらいつけて干す。アオリイカは足のほうは半分にして開いて、身も一枚に開く。こっちは何の下味もつけずそのまま干す。
 
 ちょっと手間なのは干す場所かな。うちでは庭の電信柱の上に滑車をつけておいて、魚を並べた干し板(網戸のようなもの)をロープで釣り上げる。ちょうど干し板が地上十メートルくらいになるかな。低い場所に干すと蠅や.蜂がよってくるし、風も吹いたりやんだりするやろ。高い場所やと風が止まらんし、虫もよってこん。干すのは北風が吹く晴れた日がベスト。夜に干して朝日を浴びて午前十時くらいにはできあがる。もちろん干す時間は魚の大きさや厚みで変ってくるけん、その辺は適当にな。一夜干しは乾きすぎるとおいしくないよ。もちろん生のままでもいかん。手で表面を触って水気がつかんぐらいに乾いていれば大丈夫。
 
 焼くときは焼きすぎんように気いつけてな。水分がとんでしもたら、風味ががくっと落ちるけん。きつね色になるちょい手前が食べごろよ。小魚はそのままで、アオリはマヨネーズに醤油と一味とうがらしをかけたものにつけて食べる。
 
 ひものを保存食に考えとるところもあるやろうけど、わしの場合、おいしく食べるためのつくり方やけん、冷蔵庫で二、三日しか保たんよ。塩をもっと強くすればもっと保つけど、それじゃ魚の味が死んでしまう。保たせたいなら干してすぐ冷凍にすれは一ヶ月くらいはもつぜ。
 
 簡単といっても忙しい人には手間かもしれん。いまはスーパーで買ってくればしまいやしな。ほんでも売っとるやつはたいがいが辛いけん、わしはよう食べん。食べたい味がなければ自分でつくる。自分が食べたいもんを食べれるのは最高の幸せよ。
 

特製一夜干し装置(!?)

アジは国民的アイドル!?

 

 
 住んどるところによって、食べれる魚と食べれん魚がある。わしが住む愛媛は伊予灘に面しとるけん、伊予灘に入ってこんようなマグロや鮭は食べれん。アンコウやほっけも、伊予灘にはおらんもん。わしはこの生涯でほとんど食べたことがないよ
 
 もちろん今は、電話一本ですぐに取り寄せてどこのどんなもんでも食べれんもんなんてない、便利な時代やということくらいはわかっとるよ。ほんでも地元で食べるもんには絶対にかなわん。
 
 そういう日本で、別に特別取り寄せたりせんと、比較的どこでも食べられる魚がアジよ。やけんアジは日本に住んどる人にとって最も身近で親しみのある魚やと思うんよ。
 
 アジには平アジと丸アジというてふたつの種類がある。平アジは名前の通りにちょっとばかし丸より平べったい。けど、素人目にはちょっと見ただけやとわからんぐらいの違いやけん、触ってみて、首の背にトゲがついとるのが平、と覚えたほうが確かよ。平アジは十月ころからが旬。脂がのって身にハリが出てくる。丸アジのほうは平よりちょっと前の真夏ごろが旬よ。
 
 この平と丸、何が違うというて、値が全然違うんよ。平アジは丸アジのなんと四倍! というと平アジが高級なように思うかもしれんな。ふつう、料理屋の刺身で出てくるんはだいたいが平アジ。つまり丸アジが相当安いというわけよ。ほんでも丸アジがめちゃくちゃまずくて、平アジがすごくうまい、ということではないんよ。丸が旬の夏は、丸のほうがうまいくらいやけん。
 
 丸はな、味とは別の点で“商品価値”が落ちるんよ。商品というのは見た目が重要やけんな、野菜でも曲がったキュウリやでこぼこしたトマトとか、味はようても商品にならんということになっとるやろ。それと同じことで、丸は刺身にするとすぐに黒ずんできてしまうんよ。やけん、丸はひものとかフライになる。
 
 あの有名な「関アジ」が捕れる豊後水道にももちろん、平も丸もおる。ただ「関アジ」として市場に出とるもんは平アジよ。「関アジ」と同じところでとれる丸アジは「ただのアジ」として安い安い値で売られよる。味は「関アジ」と変わらんかってもな。
 
 そういやこの前九州のほうで「黄金のアジ」がおる、ということをテレビでやっとったけど、ほんとにテレビというのは阿呆なことばっかり言わいな。
 
 なんてことはない。若いアジのことよ。平アジは一年生から二年生ぐらいの小さいうちはちょっと黄色みがかっとって、泳ぎよると光の反射で金色っぽく見えるんよ。
 
 アジは安くてクセがないけん、食べ方がいろいろ選べるというのも人気の秘密やと思うんよ。刺身にたたき、塩焼きに煮付け、天ぷらにフライ、南蛮漬けにひもの。とにかくアジはどんな料理でもこなせる。
 
 でけたら新鮮なもんは、刺身かたたきがおすすめよ。刺身にしても、たたきにしても、中骨のある真ん中の赤いところには栄養がいっぱい詰まっとるけん、とってしまわんと、面倒でも、骨抜きをしてな。
 
 たたきというても、包丁でぐちゃぐちゃにたたいてしまう料理のほうじゃないぜ。わしのいうのは「カツオのたたき風」。作り方はカツオのたたきと全く同じよ。身を串でさして軽く塩をふり、表面を火であぶる。皮側は焦げ目が入るくらい強く、身側は弱めに焼いて、サッと氷水で冷やして水気をとり、あとは切るだけ。タマネギやネギとかの薬味野菜と一緒にポン酢で食べる。
 
 よそで同じような料理があるかどうかは知らんけど、こうしたほうがうまいと思って自分で考えたんよ。わしは刺身で食べれるようなもんをぐちゃぐちゃだんごみたいにして食べるのは好かんけん。
 
 もうひとつ、わしのおすすめは「ざく」。これはアジの身を食感がしっかり残るぐらいに細長く切って、しょうが汁をかけ、スライスしたタマネギ、ネギを薬味にポン酢で食べる。刺身やたたきとは違ったあっさり感があるんよ。この料理やったら小さいアジでも刺身感覚で食べれるぜ。
 
 アジが新鮮かどうかを見るコツは「目」。目がキレイに澄んでみえとったら大丈夫。ちょっとうるんできとるヤツは日が経っとる証拠やけん、火を通す料理のほうがええよ。
 
 逆に、水槽で泳がしとるやつ。確かにある意味、新鮮かもしれんけど、これはだいたいが養殖なんよ。アジとかサバとか、動きまわりよらんと生きていけんやつらは海からあがったらうちの水槽でも二日とよう生きん。養殖のやつらは生まれたときから四角い水槽のような環境で育っとるけん、いくらでも生きられるんよ。「活け造り」とか「新鮮」やけんうまい、ということではないけんな。
 

これがアジのたたき。

たち貝捕りは宝探し

 

 
 寿司屋に貝柱というネタがあるやろ。あれはたいていがたち貝(たいらぎ貝)という貝の貝柱よ。貝柱は二枚貝やったらどれにでもあるもんやけど、ふつうは身がメインにあって、内臓があって、貝柱がちょこんとあるぐらい。それがたち貝の場合は貝柱がメイン。ほかには内臓と内臓の周りについとるビラビラがあるぐらい。身が入ってないんよ。こういうのはたち貝だけ。
 
 昔、わしは潜りを主にやりよったんでな、知り合いから「下灘にはたち貝を捕りよる人がおらんけん、捕ってみたらどうぜ」と進められて、ほんならちょっとおかず程度に思って探してみたんよ。
 
 ほしたらこれが当たりでな。伊予灘はたち貝の宝庫やった。
 
 わしが捕りよったたち貝は長さが三十五センチ、幅が二十センチぐらいあって殻が大きかったけん、一時間ぐらい潜ったらすぐ満船になるんよ。満船というのは、船にこれ以上載りきらんぐらいようけ捕れることを言うんよ。満船になったら一旦船に上がって、船上で貝を開いて中身だけ抜いて殻は捨てる。で、船にスペースがでけたらまた潜って捕る。一日で三十から五十キロくらいは捕りよったかな。中身だけでぜ。貝の数でいうたら何百やそこらじゃないと思うぜ。数える間なんかないけん、はっきりはわからんけど。
 
 このたち貝はポツポツと集まっておるところもあれば、ものすごい数がそこら中におるところもあるんよ。やけん、一日、二日で捕ってしまう場所もあるし、毎日毎日捕っても捕っても一ヶ月ぐらいはかかる場所もある。一回だけ二ヶ月ほどかかったええ場所があったわい。
 
 たち貝は砂地とか砂利、だべ(粘土状の砂)のところやったらたいていのところにはおる。だいぶことおるんはキレイな砂地。でも、素人目では絶対によう見つけられんよ。砂の中に隠れとるんやきん。ただ、呼吸をしよるけん、砂地に模様ができとるんよ。その模様を見つけるんよ。
 
 宝探しみたいなもんで、とにかく虱潰しに潜って探すしかない。とはいうても海は広いけんなあ。一日で見つける場合もあれば、もっとかかる場合もある。下手したらいつまで経っても見つけられんということもありうる。
 
 例えば海に入って一生懸命探しても、見よるところのすぐ一メートル後ろに砂の筋があったとしても、前ばっかり見よったらよう見つけんしな。ダイビングをする人やったらわかると思うけど、海の中というのは迷宮のようなもんやけん。
 
 ほんでもわしの場合は当たりを見つけるのに、一日以上かかることはなかったぜ。こういうのは“勘”としか言いようがないな。
 
 たち貝は大きければ大きいほどおいしい。大きいやつは貝柱がしゃんとして歯ごたえがあるんよ。甘みも格別。小さいのはふにゃふにゃしとるし、味もうすいな。
 
 刺身、塩焼き、バター焼き。どうやってもうまいけど、わしは塩焼きが好きよ。香ばしい磯の風味に塩で貝柱の甘みが増して、酒に合うんよな。
 
 内臓も甘辛く煮たらええごはんのおかずになるぜ。ちょうど秋ぐらいはよう捕りよったけん、運動会のお弁当には貝柱といっしょにいつも入れとった。
 
 どうも子供らは貝柱が特別好きでなあ。貝柱ばっかり食べよった。わしはまあまあうまいとは思うけど、それほどには思うてないんやけどな。
 
 今はわしが潜りをやめてしもうたけん、下灘ではたち貝捕りよる人はおらん。教える気もないよ。
 
 海は漁師にとって宝物なんよ。自分しか知らん宝物のありかを他人に教えたりはせんもんよ。
 

休みの日にはタチウオ釣り

 

 
 漁師の休みは、海に出れん日よりの悪い日と土曜日。関西や関東の中央市場が日曜に休むけん、こっちの市場は前の日の土曜が休みなんよ。休みというても網を直したり、船を洗ったり、船を陸にあげて色を塗りなおしたり、結構やることはあるんぜ。最近の日本人は休んでばっかりおるけど、もともと日本人は勤勉なんが取り柄やけん。土地も資源もない日本なんか、一生懸命働くことを忘れたらそのうちダメになってしまうぜ。
 
 まあやることはあっても、休みの日はそれなりに楽しんどる。
 
 夏の終わりから秋口にかけての時期は、タチウオがよう釣れるんよ。やけん、日よりのいい休みの日はタチウオ釣りに行く。タチウオは昼間は深いところを泳ぎよるんやけど、朝夕には水面ギリギリまで浮いてくる。たぶん、小魚を追って上がってくるんやと思うんよ。やけん、釣れる時間帯は朝まじめ(夜明け前から日が昇るまでの時間)と夕まじめ(夕暮れから日が沈んで暗くなるまでの時間)なんよ。
 
 わしが好きなんは朝まじめの釣り。早朝の薄暗い時間から海に出て一時間ぐらい、ひとりでだいたい四十から五十本は釣るよ。帰っても家族はまだ起きてない時間よ。それから釣れだち(釣れてすぐのもの)のタチウオの刺身を肴に、ひとりビールを飲む。これが最高なんよ。
 
 正直言うとな、タチウオは特別にうまい魚というわけでもないんぜ。ほんでも休みの日の朝に、自分が釣ったもんをこうやって好きなように食べるのがええんよ。
 
 狩猟する人やってほうやろ。キジ撃ちやシカ撃ちの人が、キジ鍋やシカ鍋をものすごいたいそうなこと、うまいうまい言うて食べるやろ。でもほんとうのところは牛肉のほうがよっぽどうまいはずよ。ただ、自分が難儀して捕ったもんやけん、何にも代え難いうまさがあるんよ。
 
 夕まじめに釣るときは子供や近所の人も乗っていくんよ。タチウオ釣りは船を走らせる漕ぎ釣りやし、たいてい釣れるけん面白いんよな。ただ釣れるとはいうても、釣り糸のしかけの作り方ひとつで、同じところをやりよっても十本ぐらいの人と、百〜百五十本くらいの人との違いがある。百本以上釣れるぐらい魚のおる場所ならわしのしかけは他の船に負けんぜ。いくら遊びというても漁師の意地があるけんな。
 
 そういう場所は針を落とす間がないくらい、ぼんぼんぼんぼん釣れる。ようけ釣っちゃろと思うときはひとりで二本しかけてやるけんな。
 
 タチウオ釣りが面白いのは数釣れるということもあるけど、「ひき」の強さもあるんよ。手でてぐすを持ってやるけん、直接手にぐいんとものすごい強いひきが伝わるんよ。わしは五本針でやるんやけど、五本ともにかかっとることもざらやけん。
 
 タチウオは歯が鋭いけん、針から外すときは首をしっかりもって気を付けんといけんよ。カミソリみたいなもんじゃけん、ちょっとでもまがったら(触ったら)スパンと切れてしまうぜ。
 
 このタチウオは釣りよる分にはええんやけど、問題は釣れたやつよ。わしは趣味で釣った魚はどんなにようけおっても絶対に市場で売ることはせんのよ。なんでかといわれても困るけど、遊びで捕ったもんやけん、売る気がせんというだけで、気持ちの問題よな。同じタチウオでも、漁で網にかかったやつは少のうても売るけんな。ほかの漁師も同じよ。
 
 そういうわけで、釣れたやつは近所の人や農家の人に配るんやけど、どこもそうようけは食べれんけん、百本釣れたら十本ずつでも十軒は配らんといかん。けっこう大変ぜ。まあ、お返しにいろいろ野菜とかみかんとかもらえるけんええんやけど。
 
 もちろんうちでも食べるよ。釣りの時期は毎日のように食卓に並ばい。
 新鮮なうちは刺身。釣りだちは身が硬いけん、包丁で目を入れて食べる。わしはこのコリコリしとるぐらいのが好きよ。タチウオの身は弱いけん、釣りだちのほうが食感がええんよ。おいといたらやおくなってしまう。
 
 塩焼きもうまい。塩と香ばしい皮と皮目の甘い脂、それにほどよく脂ののった身はジューシーでむつこくないけん、これは毎日食べてもそうは飽きんよ。
 
 もちろん、煮付けにしてもええし、唐揚げも合う。くせのない便利な魚やけん、ようけあってもいろいろに食べ方はあらい。
 
 北風が吹きはじめる秋口になったら一夜干しがおすすめ。三枚におろして、細長い身の部分だけを干すんよ。これが生のときにはない、深みのある味になるんよ。骨がなくてまるごと食べられるけん、子供のおやつにもなるよ。
 
 干しものは湿気がある時期はいかんぜ。何事もふさわしい時期を待つことが大事よ。
 

家庭で簡単にプロの味・ほうろく焼き

 

 
 料理というのはどんな料理でもプロの技があらいな。フランス料理、イタリア料理、中国料理、韓国料理・・そして、日本料理。たとえ同じ材料で同じように作ったとしても、なかなかプロの味は出せんと思うんよ。素材を見る目、包丁の使い方、火の通し方、味付け・・。どれひとつとっても相当に知識と経験がいるもんやけん。卵焼きひとつでもプロと素人では違うやろ。
 
 もちろんプロは料理を作ってお金をもらうんやけん、誰が作っても同じような料理を出しとったらプロとはいわん。世の中にはプロじゃない料理人もようけおるけどな。
 
 それが「ほうろく」を使えば、どんなに料理が得意でない人でもプロに匹敵する料理ができるよ。 
 「ほうろく」というのは平たい皿をちょっと大きくしたような陶器のことで、これやと誰がやっても同じように、うまいこと魚が焼けるんよ。
 
 ほうろくは二枚用意する。大きな食器屋さんにいったらおいとると思うけど、高いのを買う必要はないよ。けっこうな強火で焼くけん、割れてしまうことがあるんよ。やけんなるべく安いのがええわい。わしが使いよるんは直径が四十センチほどある素焼きので一枚が千八百円ぐらい。もうひと回り小さいのやと千円ほどである。高いやつになると一枚が五千円ぐらいしとるけん。サイズはコンロにのればどれでもええよ。ほうろくは大きくても全体にちゃんと火がまわるけん。
 
 それともうひとつ肝心の道具が玉石よ。これは園芸店に行けば売っとる。どんなんでもええけど、どうせ焼いてしまうけん、わしは黒いやつを使いよる。一枚のほうろくに玉石を下が見えんぐらいにまんべんなくしいて、さらにもう一層玉石をしく。その上に魚をのせて、もう一枚のほうろくで蓋をしてあとは強火で焼くだけ。
 
 魚を上手に焼くには「強火の遠火」というけど、そんなん家庭のガスコンロじゃあできんやろ。このほうろく焼きなら火の加減は何も気にせんでええし、魚をひっくり返す必要はないけん、魚の身が崩れることもない。煙もあんまり出んよ。
 
 魚は何でもかまんよ。アジ、鯛、サザエ、伊勢エビ、車エビ、大正エビ、タコにイカ・・。安いのでも高いのでも、その素材なりに、最高の味が引き出せる。タコやイカは丸焼きにするんよ。タコなんか、足を広げていかにもタコらしい形に焼けるぜ。普通、家で丸焼きできるような道具はないやろ。これやったら都会の子供でもタコの足が八本あるというのがわかるんやない。なんか、最近の子はタコの足の数も知らんというよ。スーパーでは一本か二本でしか売りよらんけん。
 
 魚に限らん、ほうろくはイモでも卵でもうまいこと焼けるんよ。イモは石焼きいもと同じよ。ホクホクして甘みがよう出らい。卵は白身に弾力があって、黄身はしっとり焼き上がる。わしは卵が好きでな、とくにほうろくで焼いたのはいくらでも食べれてしまう。食べすぎんように気を付けんといけんぐらいよ。
 
 なんでこんなにうまいこと焼けるんかはわしもわからんのやけど、石とほうろくがええ具合に火加減の調節をしてくれて、まんべんなく火が回って、素材の持つええところが逃げ出んのよな。「焼き」と「蒸し」の両方がうまいことできるんかな。
 
 それにほうろく焼きは見栄えがええんよ。焼き上がったらそのままほうろくごと食卓の上に持っていって蓋をとる。焼いた素材の香りがぶわっと出て、部屋中がおいしい香りでいっぱいになる。それだけでも十分な演出やけど、さらに石の上にいろいろな魚やら、エビやら、タコやら、卵やら、野菜やらのっとったら、豪華やろ。ちょっとした感動もんよ。お客さんがきとるときにやったら、大盛り上がりになることは間違いなしよ。そうとうに株が上がると思うぜ。
 
 味付けは基本的に塩だけ。貝類やタコ、イカ、野菜は何もつけんでええぐらい。いろいろ素材を入れるときは、火の通る時間が違うけん、いちばん時間がかかるのから入れて、順々に入れていけばええけん。蓋をあけたらいけんということはないけんな。
 
 火力でちょっと変わってくるけど、だいたいアジ一匹が十五分ぐらい。エビとかは五分。卵も五分ぐらいよ。卵は焼く前に穴を開けといてな。破裂してしまうけん。
 
 魚に火が通っとるかを見るには、指で押さえて柔らかかったら出来上がりよ。半焼けやったら硬いけんな。
 
 ひとつだけ気を付けんといかんのは、ほうろくを濡らさんこと。つまり、洗ったらいけんということぜ。買ってきたときから捨ててしまうまで、水にはつけない。きれい好きな人は料理する前とか後とか気になるかもしれんけど、直接素材には触らんのやけん、ちょっとぐらい汚れても大丈夫よ。紙かなんかで拭けばいい。ほうろくは水を含むと熱を加えたときにすぐに割れてしまうんよ。その代わり、玉石のほうは水につけおきして、しっかり洗う。
 
簡単にプロの味になるほうろくは家庭にひとつおいとくと食事の楽しみが増えると思うよ。