ナマコでひと商売

三十年ほど前はわしにとってはナマコの時代やったんよ。毎日毎日、潜って潜って、ナマコを捕りよった。やけどそのころ、都会ではナマコがものすごい価値が高うてええ値をつけるのに、ここ下灘の市場では全然値がつかん。あんまり値に差があるけん、悔しくてな。それでなんとかならんもんかと考えたんよ。
 
ふつう、わしら漁師が捕った魚は地元の市場でセリにかけて、セリ落とした商人(仲買人)が水槽車で関西や東京に運んで中央市場でまたセリにかける。活きた魚は活きたまま運ばんと価値がのうなるけん、運送を自分でやるのは基本的にムリ。でもナマコの場合は袋に詰めて夕方の航空便で送ったらその日のうちに活きとるまま関西や東京に届けられる。つまり、地元におっても、商売ができる。まだナマコで商売する人もあんまりおらんし・・。よし、それならわしがやったろ、とな。
 
ただ問題はもうひとつあったんよ。漁師は所属しとる組合の管理する海域で漁をして、そこで捕ったもんはその組合の市場で売らんといかんときまっとる。わしは下灘の組合員やけん、下灘の磯場で捕ったやつは下灘の市場で売らんといかん。
 
そこでとなりの組合の磯場の漁業権を一年間の契約で買って、その磯場で捕ったナマコを送ることにした。こういう場合はよそで売ってもええと認められとるけん。でもわしひとりで捕る量はしれとるけん、さらによその船が捕った分をまるごと買って仕入れて関西や東京に送るようにした。
 
十一月から二月くらいまでは磯のナマコがええ値で売れてな。これはええ商売になったぜ。漁師するのがばからしいぐらいにもうけたけんな。
 
二月終わりころからは磯のナマコは少なくなるんよ。で、ちょっと沖のほうの砂地にいったら、ナマコの大きいやつがゴロゴロおる。わしらは「あおこ」と呼びよるんやけどな。磯に住んどる青いナマコとはまた種類が違うんぜ。こいつらは磯のナマコと比べると太いし身もごつい。やけん、そのままでは売れん。それでまた、どうにかならんかなと考えて、「あおこ」を加工することにした。
 
この「あおこ」は二月の終わりに卵をもつんよ。その「あおこ」の卵が、日本三大珍味のひとつ「このこ」。最近の若い人はあんまり知らんかなあ。「からすみ」は知っとるやろ? からすみはボラの卵でこいつも三大珍味のひとつ。「このこ」はからすみによう似とる。でももっと味は濃くて、磯の香りも強いんよ。
 
 作り方はまず、ナマコの腹を切る。そしたら、水といっしょに内臓やら中身がどばっと出てくる。その中に卵も入っとるけん、それを全部出してしもうて、内臓と卵を分ける。卵は卵らしい濃いオレンジ色をしとるけど、形はいわゆる卵形ではなくて、もずくみたい。とにかくちゃんとした形をしとらんのよ。こいつを集めてひもに吊して天日でだいたい十~十五日くらい干す。もずくをひもに吊すのをイメージしてもろうたらわかると思うけど、つるっとすべって下に落ちるけん、けっこう大変よ。それをなんとかうまいことまとめて吊すと三角の形ができる。これがしっかり乾いたら「このこ」の出来上がり。火で軽くあぶって食べる。
 
ナマコの量に比べて卵は少ないけん、高価なんよ。店頭で買ったら三角の一枚(約百グラム)が三千円くらいする高級珍味ぜ。
 
もうひとつ、腹に入っとった内臓(腸)。こいつが「このわた」、つまりナマコの腸の塩辛になる。
 
腹から出したばっかりの腸は中に砂とか老廃物がたまっとるけん、まず細長い腸を手でしごいて中のもんを出してキレイに洗う。腸はうすい黄色をしとって、砂とかゴミが入っとったら黒くなっとるけんすぐわかるんよ。そのあと、さらに塩水の流水でていねいに洗う。実はこれが大変なんよ。もみ洗いでもできれば簡単なんやろうけど、腸はデリケートですぐに切れてしまうし、傷を付けてもいかん。二十から三十分ほどかけて完全にぬめりがとれるまでうまく手の上に腸をすべらせるようにして洗う。完全な手作業よ。
 
味付けは全体量に対して少し多めの十%くらいを入れる。三、四日間つけて、出来上がり。
 
さて、腹を割ってすっかり空になってしもうたナマコ。もちろん捨てたりはせんよ。
 
実はこいつが一番の高級品。
 
腹の水も内臓も出してしもてひと回り小さくなったナマコを今度は大きな鍋に入れて煮詰め、さらに身に含んどる水分を出す。約四十分ぐらい煮たらきゅーっいうてナマコが鳴くけん、その鳴き声が聞こえたら火を止める。この時点で最初から五分の一ぐらいの大きさになっとる。それをさらに天日で干す。二十日から一ヶ月くらい、じっくり時間をかけてカラカラにする。出来上がったときは完全に水気がのうなって、海におったときのサイズの十分の一弱の大きさ。真っ黒で見た目も手触りもゴムみたいよ。
 
これが「きんこ」と呼ばれる高級食材なんよ。干しアワビがバカみたいに高かろ? それと一緒よ。めちゃくちゃ高い。大きさで特大、大、中、小、小びりと五段階に分けるんやけど、大きければいいもんでもなくて、「大」がいちばんええ値がつくんよ。それがキロ一万円から一万二千円くらいはしよったなあ。
 
 「きんこ」は炒め物とかチャーハンとか、中国料理によう使われるんよ。わしは中華はほとんど食べんきん、どう使いよるんか実際はみたことないんやけど、灰色で、見た目にはしいたけに見えらい。
 
わしが売りよった業者は中国にも輸出しとったんよ。その業者がたまにお土産でウーロン茶をもってきてくれよった。まだ日本ではあんまり知られとらんころやけん、変な味のお茶やなあと思って飲みよったよ。
 
今はもうナマコの時代は過ぎた。昔は「このこ」も「このわた」も食通の人がわざわざ高いお金を出して食べよったけど、最近はあんまり食べんようになった。珍味というのは、それほどうまいわけでもなかろ。珍しいというだけで。「きんこ」は今でも中国料理には使われとると思うよ。ただ手間がかかるけんな、これを作るんは。
 
この「きんこ」は、煮詰めてすぐがうまいんよ。そのまま食べてもうまいけど、きなこをつけて食べるとほんのり甘みがあってさらにうまい。ぷりんぷりんしとって、歯ごたえのあるわらび餅みたいやな。生のナマコとは全然違う特別な味よ。たまに今でも店の先付けに出しよるんよ。お客さんの不思議そうな反応が面白いわい。
 

アイシャドウをつけた鯛

 
十二月から二月にかけては魚がうまくなる時期。寒いけん身がしまっとる、というわけじゃないんぜ。四~五月に産卵する魚が多いんよ。その産卵のために十二月から二月は栄養をためとる時期じゃけん、おいしいんよ。
 
鯛もその中のひとつ。鯛は鯛というだけで年中ありがたがられる魚の王様やけど、この時期の鯛こそ王様と呼ばれてふさわしいわい。まず見た目がキレイよ。海の底からあがってきたその華やかな輝きというたら、漁師にとってはダイヤモンド以上ぜ。普通の人が知っとる鯛の色というたら赤やと思うけど、鯛はしめた瞬間にパッと赤色に変わる。生きて泳ぎよるときはピンク色しとるんよ。その鯛が何百尾もあがってくると、青い海がふわっとピンク色に染まってそれは見事。この瞬間は何度味わってもええもんぜ。
 
もちろん、いつもそんな大漁というわけにはいかんよ。どこにでもおるわけじゃないけん、潮や場所によってどのあたりに鯛がおる魚礁があるか経験と勘でみつけるんよ。鯛を捕るのはローラごちという漁法で、網をおろして三十分くらいですぐローラを回してあげる。
 
手前味噌になるけど、わしの兄貴が鯛捕りの名人でな。鯛の水揚げ量はこの町いちばん。年間で二~三千万円分ぐらいは捕るかな。普通の漁師の倍ぐらいよ。多いときにはひと船で一日に五百キロは捕ってくらい。ただ、魚はどんなにようけ捕っても死なせてしもうては意味がない。市場に出すまでどれだけ活かしておけるかも漁師の腕なんよ。大漁じゃというてぼやぼやしとったら鯛が暴れてウロコが飛んでしもうたり、傷がついたりするけん、手早く網からはずして船の水槽に入れてやる。そしたらすぐさま一尾ずつ浮き袋をつやして(つぶす)上手に泳げるようにしてやらんといかん。鯛は二十~五十メートルぐらいの深いところにおるけん、急に船の上に引っ張りあげられたら浮き袋がパンパンにふくれてしまうんよ。そのままではバランスがとれんでよう泳がんけん、死んでしまう。この浮き袋をつやすのがけっこう技術がいるんよ。浮き袋は内臓の近くにあるけん、内臓を傷つけんようにせんと。かといってバカ丁寧に時間をかけとれんけんな。
 
陸(おか)に戻っても気を抜いてはおれんぜ。船底にある船の水槽は走っとる間は海水が入れ替わるようになっとるけど、止まるとその流れもとまる。鯛は水が変わらんと死ぬけん、すぐに海に下ろしてあるはりだま(大きな網)に全部をうつす。それから市場に持っていくためにリヤカーに載せたバッカス(活魚を入れるプラスチックケース)に海水を入れてはりだまから素早くうつす。それを大急ぎで市場にもっていく。バッカスには五、六キロのふといので六、七尾。一キロぐらいので二十尾ぐらいしか入らんけん、これを何往復もする。
 
市場では(仲買人)が一バッカスずつ値をつけていく。ウロコがはげてないか、顔や表面がすれてないか、しっぽまで肉付きはええか、というところを見て口々に値を言って、いちばん高値を言うた人に落ちる。値を言えるのは一つの箱につき一回だけやけん、商人も目利きがようないとええ商売はできんよ。とにかく、ここで値がつくまで活かしとかんことには、死んでしもうたら値が三割は下がるけん。それに死なせた魚は値だけじゃのうて味まで落ちてしまう。同じ魚とは思えんほどに変わってしまうんぜ。それがいちばんかわいそうよ。
 
目の上に青いアイシャドウがついとる鯛があがったときは特別気を付けんといかん。キラキラ光る青いきれいなラインがスーッと入っとる鯛は値がはる。そういう鯛があがるんは、ここの市場でも一、二%くらいよ。ほんとは洲口(川が海へ流れてくる場所)におる鯛はこのアイシャドウが入ったものが多いんよ。洲口には川からきれいな水が流れてくるけん、きれいな水にはエサも多くて、鯛も立派に育つんよな。やけど洲口には魚礁がありすぎて網がすぐに破けてしまうけんリスクが大きい。やけん、そこで捕る漁師は少ないんよ。
 
このアイシャドーが入った鯛は確実に味がいい。旬というても、どれもが百点満点の味をしとるわけじゃないけんな。同じところに住んどってもよう動いとるやつとダラダラしとるやつでは身のしまりが違うし、ようエサをつかまえるやつもおれば、鈍くさいさつもおるんやけん。それがこのアイシャドーのある鯛は百発百中、百点満点の味をしとる。つまり、味がいい証のようなもんよ。もうひとつの証は刺身を見ればわからい。鯛の刺身は外側が赤くなっとるんやけど、その赤みが強ければ強いほど、赤い部分が厚ければ厚いほどうまいんよ。こいつのはキレイで深い赤色をしとるぜ。身はアメ色で表面はピカピカしとって、醤油につけたらパッと脂が浮くくらい脂のノリ具合がいい。口に入れるとそのしっかりと締まった身はしなやかな舌触りで、噛むごとに濃い甘みが出るんよ。
 
食べようと思って食べられるもんじゃないけど、うまい鯛に出会ったらちょっと板場に聞いてみて。青いアイシャドーがあったかどうか。
 

ワタリガニ

 
わしは人のいうことはそうは気にせんほうやけど、ひとつ、どうにも納得のいかんことがある。
 
カニのことよ。
 
うまいカニというたらどのカニを思い浮かべる? たいがい出てくる名前がタラバよ。北海道とは何の縁のない人でも、それほど食べたことがない人でも、なにかとタラバに肩入れしとる。
 
タラバでなければズワイ。こいつは越前ガニ、マツバガニと名前を変えて日本海中に幅をきかせとるし、温泉とセットで旅行パックになっとることも多いけん、その分、ファンも多くなるんやろう。
 
それ以外に物知り顔で出てくるとしたら毛ガニ、ハナサキガニ。これも北海道の顔がきいとる。
 
食べもんには好みもあるし、食べ慣れとるもんがいいということもある。ほんでもこのことだけは、わしは自信を持って言える。
 
カニの中でいちばんうまいのは旬のワタリガニよ。
 
身のしまり具合といい、ジューシーさといい、他のカニらとは比較にならん。それになんといっても、その身の持つしっかりとした豊かな味。格段に違うもんをもっとる。
 
伊予灘で捕れるカニじゃけんというて、贔屓しとるわけじゃないよ。わしは日本中のカニというカニをそれが捕れる現地から活きとるまま取り寄せて食べたことがあるし、もちろん直接食べに行ったこともある。
 
それにこれはわしだけの意見じゃないんぜ。うちに来るお客さんで相当にカニに入れこんどる人がおるんよ。その人は北海道から、東北から、越前から飛び回って、その地でも有名な、うまいカニを食べさせる店と言われるところに食べに行きよる人なんやけど、その人がうちの店でワタリを食べたときに証言したもん。
 
「ワタリが日本で一番うまい!」というてな。この人が食べたんは一キログラム以上はあったけん、それは見事なワタリよ。
 
まあ一キログラム以上というのはなかなかお目にかかれんもんやけど、それでも旬のワタリを味わうには六百グラム以上はないといかんぜ。小さいのは味がようても、ボリューム的に物足りん。わかっとると思うけど、海外から入ってきとる冷凍の小さいやつは問題外よ。
 
タラバ派やズワイ派の人らはカニというたら足を食べるもんやと思うとるかもしれんけど、ワタリガニは胴中(カニの胴体の部分)を食べる。もちろん足にも身はあるけど、量は少ない。量で満足できるんは親爪ぐらいなんよ。でも六百グラム以上ある旬のワタリなら、胴中には身がぎっちりつまっとって中の殻からあふれんばかりの勢いよ。
 
それにメスには子が入ってきとる。カニも魚といっしょで産卵の準備期間中に旬を迎える。それが十一月末から二月に入るころまで。
 
この子がまたたまらんのよ。甲羅をぱかっと開けると裏っかわにオレンジ色の子がびっしりはりついとる。これを贅沢に大きくはぎとって口に入れる瞬間はなんとも幸せな気分にならい。
 
子の下にあるカニミソは産卵時期に限らずいつでも入っとるけど、やっぱり旬の時期はひと味違わい。苦みも臭みもまったくない、コクのあるキレイな味になっとるな。このミソを身に絡めてそのまま食べる。わしはこのミソをちょっと残しとって、甲羅に熱燗を入れて飲む。それは体が震えるほどの絶品よ。ミソはオスのほうがたっぷり入っとるけん、酒好きの人はオスがええんじゃない?
 
うちでワタリガニを食べるときは、焼きか蒸し。ワタリは鍋にはせんよ。だいたい、わしはあんまりカニを鍋で食べるんは好きじゃないんよ。殻の味がだしにつきすぎて、くさいわい。つけるたれも必要ないよ。身に数滴すだちを落とすぐらいよ。そのままで十分に完成された味。カニ風味というインスタントの食べもんがあるぐらいやけん、カニの風味ははっきりしとる。ほんでも本当にうまいカニの味は、カニ風味とは全然違うもんぜ。
 

夕日が山に隠れるようになる頃、ワタリガニの旬がくる。
 

真っ白なイカの塩辛

 
わしは毎日晩酌をやるんやけど、冬場のしけたときにいちばん困るんは酒の肴がないことよ。魚がおらんことには酒は飲めんし、かといって酒を飲まんわけにもいかん。
 
それで日保ちのいい酒の肴をつくったろ、と思うてつくったんがイカの塩辛よ。
 
イカはいろんな種類がおるんよ。身が硬めでイカそうめんにして食べるしっぽが細長い剣先イカや、もちもちした食感のずんぐり大きなアオリイカ、背中に甲羅をもったしっぽのまあるいコウイカとか、三角ミミの赤い色したマツイカ(スルメイカ)とか、いくらあげてもきりないぜ。どれも形はもちろん、身の厚みも味も違う。
 
しっぽいうて、どこのことかわかっとる? 下足(げそ)のことやないんぜ。しっぽは下足とは逆のほうなんよ。げそを下の足と書くけど、ほんとはあれはイカの手やけんな。口は手の真ん中にあるし、目も手のすぐ上についとる。やけん頭が下足の側のほうで、しっぽは身の先のほうなんよ。こんなん漁師じゃ常識やけどな。
 
ま、それはええとして、イカにはいろんなんがおるんやけど、その中からわしが塩辛に使うんはミズイカ。大人になってもせいぜい十センチくらいであんまり大きくならんイカなんよ。形は剣先イカによう似とる。ここら辺の漁師でもたまに剣先の子かと間違えるくらいやけん。ちょっとしっぽが剣先より丸いかな。そうやな、日本海のほうでとれるホタルイカとよう似とるといえば、わかるかな。夏には身の袋の中いっぱいに卵がつまるんよ。煮たりゆがいたりしてまるごと食べると卵がしこしこして甘くてビールのええつまみにならい。
 
このミズイカの身は一、二ミリくらいで特別薄いんよ。塩辛にするイカの身はあんまりごついと味がうまくいかん。イカの味と塩とがマッチせん。塩辛は身の味と塩のまざり具合が命やけん。それに身が太いんは、あんまり上品やなかろ。酒の肴にするには。
 
ミズイカは下足を切って、身のほうを一枚に開く。そしてその身を一、二ミリぐらいの細さに切る。最初から細く切って漬けんと、塩がなじまんのよ。下足のほうはいっしょに漬けてもええけど、いぼがあるし、塩辛で食べるにはちょっと硬くて食べにくいけん、甘辛く煮て食べる。
 
塩加減はイカの量が十に対して、塩が0.6から0.7くらい。このときに気をつけんといかんのは、重さじゃなくて、体積で測ること。コップ一杯にイカを入れたら、そのコップの0.6から0.7分の塩、ということよ。百グラムに対して六,七グラムとは違うんぜ。これを間違えたら、味がおかしくなるよ。
 
この塩が六から七%というんは、イカの味がいちばんよう出て、塩気が気にならんちょうどええ割合なんよ。その代わり十日間くらいしか保たん。一ヶ月くらい保たしたかったら、塩を一割くらいの割合にしたらええよ。ちょっと塩の味がつようなるけどな。
 
塩を合わせたら冷蔵庫に入れて、そのまま三、四日おいておく。一、二日目は塩がイカにまだなじんでないけん辛い。塩は味付けするだけじゃのうて身をしめるために入れるんやけんな。三,四日たったらイカから余分な水分が出て、塩もなじんできて、イカの味とうまく混ざり合うんよ。
 
このミズイカの塩辛はな、塩辛やけど甘い。刺身では出てこん、イカの身が持っとる甘いエキスが出るんよ。塩の技よなあ。ほとんど塩気は感じんけん、飽きがこんよ。酒もすすむ。塩の味しかせんような辛いんは保存食やけん。酒の肴にはならんぜ。
 
これは見た目もきれいよ。生きとるときとおんなじくらい真っ白で、店で出したらお客さんは刺身と間違えるくらい。
 
普通に売りよるんが白くないのは、知ってのとおりミソを混ぜるけん、ミソの色がついとるんよ。わしはミソはいれん。味の好みもあると思うけど、ミズイカは身にしっかり味があるけんもったいない。ミソが勝ってミソの味しかせんようになるよ。それならミソだけ食べればえかろ。それにええ魚はな、ほんとにきれいなもんなんよ。どんな風に料理してもその魚の持っとる色気を楽しまんとつまらんかろ。
 

 

ふぐラーメン

 
ほんとにわしはふぐが大の好物なんよ。鍋がうまい寒い季節はもちろんやけど、暑い暑い真夏でも無性に食べたくてうずうずしてくる。ある意味ふぐ中毒やな。わしは漁師といっても仕事ではふぐなわ(ふぐだけを捕る漁法)はやってないけん、自分が捕って食べるのはたまに遊びで行くときぐらい。ふぐなわしとる人にお古のなわをもらっとるけん、それでな。それでも食べたいと思っていちいち捕りに行っとっては間に合わんけん食べたいときはちゃんと市場で買うんよ。ただ、ふぐがようけ捕れる冬の時期は、わしが好きなんを知っとるけん、漁師仲間がようもってきてくれる。多いときは二〜三週間に一回は食べよるかなあ。
 
ふぐは刺身やアラはもちろんやけど、どの場所をとってもそれぞれに個性のある味をもっとるんよ。できればあんこうみたいに捨てるところはないぐらいに全部食べてしまいたい。条例で食べたらいけんといわれとるところがあるけんそうはいかんけどな。食べられるところはどうやったらおいしく食べられるかとことんつきつめるぜ。
 
ふぐには三種類の皮があるんよ。いちばんポピュラーなのはわしらが「てっぴ」と呼びよる白黒模様の外側の皮。ふぐ刺しのことを関西のほうでは「てっさ」というやろ。それと同じようなことよ。てっぴは軽く湯通しして千切りにして食べる。弾力があって食感がええんよ。だいたいの料理屋は刺身の「つま」みたいにふぐ刺しの皿にのっけとらい。一緒に食べると、刺身の甘みが立って味わいが深くなるんよ。
 
そのてっぴの裏側にあるのが「とうとみ」と呼ぶ皮。わしはこれを鍋の最初にしゃぶしゃぶして食べる。ひと口サイズに切ったとうとみを箸で持って鍋の湯に三回往復させるぐらいがええ頃合いよ。こいつは場所によって味と食感が違う。白くて厚みがあるのは腹側のとうとみ。肉でいうたら特上ミノのような歯ごたえでひと噛みごとに味が出てくるんよ。黒くて薄いのは背中側。こっちはセンマイみたいな食感かな。わしが最初にこのとうとみを食べたのは四十年以上も前。ふぐが好きな漁師がおって食べさせてくれたんやけどそのときは鍋の中に入れられて溶けてどろどろになっとったんよ。それでもうちょっとうまい食べ方があるんじゃなかろか、と思ってしゃぶしゃぶを思いついた。わしは魚が好きじゃけん、考えるのが楽しいんよ。考えた料理法で素材のうまみが引き出せたらそりゃうれしいぜ。普通、料理屋ではてっぴと同じように湯引きにして出したりしとる。とうとみをしゃぶしゃぶするんはわしぐらいじゃ思うぜ。
 
もう一枚の皮は身のほうについている「みかわ」。これはてっぴと同じように湯引きにして刺身と一緒に食べる。皮とは思えんような柔らかい触感で甘さも格別。刺身とてっぴとみかわ、三ついっしょに食べるとこれまたそれぞれ食べるときとは違う食感と味が楽しめる。
 
この三種類の皮は余ったらたんざく切りにしてネギとポン酢であえて「ざく」に。三種類の皮がポン酢を介してひとつにまとまってええ酒のあてになるんよ。
 
さて、続いては鍋。お楽しみはなんといっても「おわらい」探しやな。「おわらい」とはふぐのくちびるのことで、ふぐの中でいちばん美味しいと言われとるところなんよ。食べるとぷるぷるしたゼラチンがとろんととろけてなんとも美味よ。一尾に一個しかないけん、早いもん勝ち。鍋の中を箸でくるくる廻しよる人を見たら注意しておいたほうがええぜ。
 
野菜はシンプルな白菜、豆腐、椎茸なんかを。アラやら、しゃぶしゃぶやらからしみ出たうまみがすうーっと入って、ただの野菜が上等な野菜に変身するんよ。子どもの友達が遊びに来たときにな、いちばん感動しとったんが白菜。「この白菜、どこで買ってきたんですか? こんな白菜食べたことがない」と言うんよ。わしは「それはただの白菜じゃけん、いつでも食べれるやろ。ふぐを食べ」、というんやけどそれでも白菜が特別甘いとか、うま味があるとか言うてようけ食べていったわい。ようはふぐの出汁のしわざなんやけどな。匂いが強い野菜はようないぜ。出汁に野菜の匂いがうつってしまうけん。
 
もうひとつこの出汁の不思議は豆腐。いくら煮ても「す」が入らんのよ。食べ残しの一個までぷるぷるやけん。
 
締めはぞうすい。時間はかかるけどうちは米から炊くんよ。ふぐのうま味がしっかりとしみいってひと粒に凝縮される。うまい米のことをよう「米が立っとる」という言い方をするけどこいつもハリが出て米が立つように輝いとる。決して濃厚じゃないけど、後を引く味よ。わしはどんなに腹一杯でも二回はおかわりするけんな。これは食べとかんといかんぜ。万が一酔って寝てしもうたりしたら翌朝どれだけ悔しい思いをするかわからんきん。
 

 
と、これが一般のふぐコース。締めのぞうすいは鍋の王道よ。まあ、ときによっては締めにうどんという道もあるかもしれん。
 
それがあるとき、ラーメンが食べたくなってな。インスタントラーメンを入れたんよ。初めてのときはたしか「チャルメラ」やったと思う。酒の後にラーメンが食べたくなるとはいえ、ふぐのスープよ。でも食べたいもんはしょうがない。
 
スープ作りに人生をかけとるラーメン職人たちには申し訳ないんやけどな、これがめちゃくちゃにうまかった。淡白であっさりしているのにコクがある。言葉にするとかんたんになってしまうけど、とにかくそれまで食べてきたラーメンはなんやったんかというほどの衝撃よ。ラーメンのスープを飲み干したことは一度もないけどこいつは飲み干さんと気がすまん。
 
最近はスーパーでも質の良い麺が手に入るようになって、何度か試したけどやっぱりインスタントラーメンがええな。これだけ贅をつくしたスープをインスタントに使うっていうのがちょっとした快感なんよ。
 

 

幻のふぐ刺し

 
やっぱり日本の冬のうまいもんとゆうたら「とらふぐ」。わしが漁をはじめてからこの四十年ほどのあいだ、いろんな魚を食べてきとるが、とらふぐは格別よ。
 
ふぐとゆうたら下関、とだいたいの人は思うやろ。やけど下関は水揚げ量が日本一というだけ。わしはやっぱり伊予灘のふぐがうまいと思うんよ。下関で一番ふぐの数が集まると有名な「南風泊(はえどまり)」という市場の売り子も「伊予灘のふぐはいいものが多い」とテレビでゆうとるけんな。「いい」というのはしっぽのほうまで身のつきがようて、よう肥えとるということ。伊予灘はエサが豊富やけん、ええふぐがおるんよ。
 
ただ問題は、ふぐの場合見た目にええふぐが食べてほんとにうまいやつかどうかはわからんこと。鯛やヒラメやったら、外づらを見れば十中八九、どんな味の身をもっとるかがわかる。やけど、ふぐばっかりは何度見てもわからん。開けてからのお楽しみなんよ。
 
見分けるのは身の色。都会の人なんかは真っ白いのがええと思うとんやないかな。残念ながら真っ白いのは水分を含んどる証拠。切って並べると皿が濡れてしまう。身はくにゅっとしとるし味もはっきりせんわいな。あっさりしすぎとるという感じよ。
 
ええふぐの身はな、アメ色しとる。皿が透けるぐらいに透明感があるし、切って並べるときに切り身が立つぐらいにハリがあるんよ。その薄いひと切れにふぐの味がしっかりとつまっとる。アメ色の確率が高いんが旬の一月から三月の間。この時期やったら八~九割は大丈夫よ。旬がはずれると逆に白にあたる確率のほうが高くなるんよ。
 
ふぐ刺しが薄いのは高価でもったいないからじゃないんぜ。鯛の刺身みたいに厚いと硬くて噛み切れんのよ。ただ、逆に薄けりゃいいってもんでもないんよ。刺身に切るときは、そのときの身の状態に合った薄さで切っていく。その差は一ミリもない、ほとんど感覚的なもんやけどな。一番うまみを感じられる薄さに切るんが料理人の腕前。そしてキレイに花のように盛りつける。盛りつけは肝心よ。いくら家族で食べるときであっても、キレイに盛りつけられた料理は有り難く食べるやろ。料理をしてくれた人に対してだけじゃないよ。魚に対しても有り難い気持ちを持てる。
 
ふぐ刺しを食べるときはまずは一枚ずつ食べて、そのときどきに食べるふぐのうまみを味わうのが通よ。今日のふぐはちょっとあっさりしとるとか、甘みが濃いとか、少し水っぽいかな、とかな。はじめっから三枚も四枚もごそっととるのはみっともないぜ。人間の舌は同じものを食べていくうちに慣れてくるけん、そうしたら数枚を楽しむのでもええんやない?
 
やけどもし万が一、桜の花びらのような色をしたふぐ刺しにでおうたときは最後まで一枚ずつ大事に味わったほうがええぜ。一生に一回の幸運かもしれんけんな。この桜色したふぐというのは百本さばいて一本あたるかどうかぐらいに貴重なもんなんよ。いやもっとかな。この四十年の間で数えきれんほどふぐをさばいてきたけどわしがおうたのは三本ぜ。
 
このふぐは文句なしに最高よ。たった三本でもその味はようわすれん。まず身の感触が違う。切るときぴたっと包丁にくっついてくる感じなんよ。余分な水気は一切ないけん皿が濡れることはないのに身はつやっぽい。
 
だいたい、ふぐの魅力というのは他のものに負けんその味の強さよ。あっさり淡泊やのに「わしがふぐや」という主張がある。もし最高級の鯛と一緒に食べることがあったとしたら、そんなことはなかなかないやろうけど、鯛の味がわからんようになるぐらいにかすんでしまうはずよ。そういうふぐの中で桜色のふぐはいちばん強い。口に入れるとその薄い刺身一枚にふくよかな甘みがあって、飲み込んだ後でも甘さが残る。強烈な味なんやけど、けっしてむつこい(脂っぽい)とか、のどが渇くような濃さがあるわけじゃない。調味料の味じゃないけんな。
 
自然のなかにおるやつはほんと、すごいもんよ。
 
やけん、もしもよ、桜色のふぐにおうたら最後の一枚まで一枚ずつしっかり味わってみて欲しいんよ。一枚食べるごとに口の中での味も変わってくるけん。満開の桜が皿にのっとるようにそれは華やかな色をしとるけん、はじめて見る人でもわかると思うぜ。
 

写真は残念ながら、「幻のふぐ刺し」ではありません。でもアメ色のいいふぐでした♪
 

釣り人に人気のイシダイ

 
鯛、ヒラメに次ぐ冬の旬の魚というたらイシダイ。「タイ」という名がついてはおるけど、祝い事に使われるマダイに比べたら見た目の華やかさにしても、存在も地味ではあらいな。
 
それが、釣り人たちにとってのイシダイは「タイ」の代表・マダイもとうてい及ばんぐらいの人気を誇っとる。人気の秘密はその「強さ」よ。
 
釣りをしたことがある人なら釣り針に魚がかかったときの「ひき」の感触を知っとると思うけど、イシダイがかかったときのひきの強さというたら、そりゃ、魚を相手に格闘技をするようなもんよ。イシダイはなにがなんでも逃げてやる、と思とるんかどうかは知らんけど、自分の心臓が破裂するぐらいまで一生懸命に泳いで抵抗するんじゃけん。
 
釣りの楽しみは、ようけ魚を釣るということももちろんあるやろうけど、魚とどう戦うかやと思うんよ。そりゃ、相手は手強ければ手強いほうが戦い甲斐があるというもん。野球でも、日本が誇る名選手が次々とメジャーにいってしまうのも、戦い甲斐のある相手とやりあいたいという、損得無しの無邪気な思いがあるけんやと思うぜ。漁師も同じようなところはあるけん。
 
イシダイが強いのはひきだけじゃない。好物のサザエやアワビ、カラス貝の硬い殻を割ってしまう頑丈な歯は、人の指を切り落としてしまうぐらいなんよ。
 
生命力もマダイの比じゃないよ。海からいっぺん上がったマダイはよう生きて一週間ぐらいやけど、イシダイは水槽に入れとったらいくらでも長生きする。
 

 
生命力のある魚がええのは、港から離れた都会の料理屋でも新鮮な状態で食べられることよな。料理屋にしてみても、仕入れてその日のうちに売れんということはままあることやろうし、それでも生きたまま置いておけるのは魅力なんよ。やけん、意外かもしれんけど値はマダイよりちょっと高い。あんまり安いのはどこから来たもんか、本物かどうかもわかったもんじゃないぜ。
 
イシダイを食べるなら、わしのおすすめは一キロぐらいまでのちょっと小ぶりなやつのやきしも。やきしもというのは、皮のついた刺身のこと。三枚におろした身に皮を残して、皮がついとるほうを軽く焦げ目がつくくらいに焼いたら、氷水にサッと入れ、水気をとって薄切りにして食べる。
 
皮のコリコリっとした歯ごたえに皮目にある脂の甘さと焦げ目の香ばしさ。やきしも独特の食感、味わい、風味の合体が楽しめるのは旬のイシダイならではよ。
 

 
マダイやヒラメの皮というのは薄くてやきしもには合わん。イシダイでも一キロ以上あると、逆に皮がごつくなってしもうとるけん合わんよ。当然、旬をはずれれば身のしまりはないし、脂の甘みもない。
 
もし一キロ以上のイシダイが釣れてしもうてー、と笑いがとまらん人がおったら、半身は刺身に。ちょっと硬いぐらいに身がしっかりしとるけど、脂がのっとるけん十分うまいよ。たまにイシダイがどんな魚より好きという人がおるんよ。その噛みごたえがたまらんというてな。マダイやヒラメとかの身がしまっとる、というのとは全く違って、イシダイ特有のもんよ。イシダイはしっかりした皮も特徴やけん、捨てたりせんと、ちゃんと料理してな。ゆがいて、千切りにして刺身のつまにしてもええし、唐揚げにしてもうまい。香ばしくて酒のええあてにならい。
 
半身は鍋にしたらええよ。イシダイの身は炊くと魚の身というより、肉を食べよるような食感。そうやな、地鶏が近いかな。脂は出すぎんと、シコシコしとって、ひと噛みごとに繊細な味が楽しめる。
 
イシダイの鍋は水炊きに限るよ。
 
関東のほうでは鍋というと、寄せ鍋風とか、みそ入り鍋とかが多いやろ。北の方の影響が大きいんやろうけど。関西方面は水炊きが多い。これは食文化の違いで、どっちがどう、ということではないんよ。生まれて育った場所でずっと食べてきた味付けが「うまい」と思って食べていくことこそが食文化やけん。
 
うどんでも関東では真っ黒のしょうゆ辛いつゆ、関西ではだしベースの色の薄いつゆ、というのも食文化の違いやけん、いくら関西の人が関東で文句をいうても、関東の店のうどんのつゆが変わることはないと思う。最近の東京ではお隣の県のさぬきうどんが人気のようやけどな。ま、とにかく食文化のことはその土地その土地で受け継いできたもんがあるけん、大事にせんといかんと思う。
 
ただ、わしは旬のもんは、せっかく旬のうまい味があるけん、素材のそのままの味がわかるように食べたいと思うとる。中にはしょうゆやみそが合う魚もおるけど、とにかくなんでもかんでも調味料で味付けしてしまうのは、わしは好かん。
 

漁師の保存食、雑魚の南蛮漬け

 
漁師が捕ってくる魚には、商品にならん、タダ同然のちいさい魚もおる。ぜんご(アジの一年生のこの辺りの呼び名。通常は小アジ)にどんこ(とらはぜ)、チダイの子に、えぼだいの子…。
 
鯛みたいな大きなのを狙っとる人らは使いよる道具の網目が大きいけんそんなに小さい雑魚がかかることはないけど、エビなんかを捕る底引き網やとだいたい一日にトロ箱ふたつぐらいは、いらん魚が入ってくる。
 
売ったとしても、二十キロ入りひとつが四百円ぐらい。
 
それでも最近は値がつくだけええようなもんなんよ。新聞なんかで取り上げられとるけん知っとると思うけど、このところイワシが減ってしもうて、ハマチ養殖業者のエサ業者が困っとるらしくてな、そういう業者がイワシの代わりにというて買ってくれるらしいわい。
 
ちょっと前までは市に持っていっても買ってくれる商人(仲買人)がおらんかったけん、途中で海に捨ててしまいよった。多少は持って帰って自分らのおかずにしたり近所周りにあげたりするけど、全部はよう食べんし、漁師仲間もそんなにもろうてくれんけん。
 
それが、冬の時期はけっこう重宝するんよ。
 
というのも、北風が吹いてくるとなかなか漁に出れんけんな、売るもんもなければ、自分たちのおかずもない。ひどいときは一週間から十日くらい漁に出れんこともある。わしは最低でも一日一回は魚を食べんと調子が出ん。というか、食べるもんがないんよ。肉ばっかり食べるとむつこうて気持ち悪いし、洋食は好かんけん。
 

一見穏やかそうに見えるが、よくみると沖は白波がたっている。
 
スーパーでまずい魚を買うのはバカらしいしな。
 
そういうとき、冷蔵庫の奥から取り出してくるのが雑魚の南蛮漬け。これなら冷蔵庫で二週間は十分保つけん。
 
雑魚は南蛮漬けが合うんよ。
 
未熟な小さい魚というたら、脂はのってないし、身は貧弱やけん、刺身にも焼き物にも、どうにも使いづらい。けど、南蛮漬けにすると成熟した魚に負けん立派な料理になる。成長過程の細い骨はしっかり酢に浸かってやわらかくなるし身は酢を含んでちょうどいい具合の甘みを出してくる。頭から全部まるごといけるよ。
 
中でもわしがいちばん好きなのはチダイの南蛮漬け。チダイの身はマダイに比べると柔らかめで、甘いんよ。チダイの場合はどんなに大人になっても七百から八百グラムほどしか大きくならん魚で、尾頭付きの煮付けや焼き物に使われることが多い。このサイズで南蛮漬けにしてもええけどちょっともったいないけん、子を使う。これが南蛮酢との相性は抜群なんよ。漬けておくと身がしっとりして上品な甘みになるんよ。
 
南蛮酢というのは南蛮漬けに使う合わせ酢のこと。和食で使う合わせ酢はいろいろあって、タコ酢やイカ酢とかの酢の物に使うのが土佐酢。鍋や刺身、唐揚げに使うのはポン酢。それぞれ使う調味料も違うし、合わせ方も違う。
 
蛮酢と土佐酢はふつう米酢を使うんやけど、南蛮酢の場合、わしはちょっと贅沢にだいだい酢を合わせるほうが好きよ。ポン酢にもだいだい酢を使う。これはだいだいをしぼった果汁百%の酢やけんな、つんとした感じがなくてまろやかに仕上がる。うちでは昆布だしとだいだい酢を同量に合わせたものに砂糖、みりんを多めに使って、しょうゆで味を調える。
 
ちなみに土佐酢のほうは、酢の味をしっかり出すけん割合は昆布だし二対米酢三ぐらいで。最後にかつお節を入れて風味良く合わせるんよ。かつお節をいれるけん、土佐という名前がついとるんじゃと思うぜ。こいつは火で沸かして米酢のきつさをとると上品な味になる。ただし酢が飛ぶほどに沸かしすぎんことがコツぜ。
 
南蛮漬けをさらにおいしく仕上げるには魚を油で揚げんと、焼くこと。焼きたてをスライスしたたまねぎと南蛮酢につけて三、四日経ったやつが最高よ。焼くとほんと、香ばしさと酢の甘さとが絶妙の味になるんよ。最近はめんどうがって揚げる人が多くなったけどな。昔はこの辺で南蛮漬けというたら、焼いてつくりよったもんよ。もし揚げてつくるとしても、揚げた後に熱湯をかけて外の油をとばしてしまえば、油っこくなくできらい。
 
見栄えようつくるには、たまねぎだけじゃのうて、にんじんとピーマンの千切りを加えたら彩りようなるけん。お客さんに出しても恥ずかしくないつまみになるぜ。
 
南蛮漬けはある意味、ほんとうの漁師料理よ。商品にならん魚をうまいこと保存して食べれるようにしとる。わしが小さいころはどこの漁師の家にもあったけんな。たいていの魚は合うけん。
 
キスとコチだけはいかんよ。春の魚やけん冬にはおらんけど、こいつらはどれだけ酢につけとっても身がやおくならん。かたくて食べれんかった。なんにでも相性はあるもんぜ。
 

最近はハモが年中揚がるようになったので、ハモの南蛮漬けが定番。
 

勝負の魚・マナガツオ

毎年、十二月下旬から四月のあたまにかけては、マナガツオを狙う漁師にとっては年いちばんの稼ぎどき。ひと網で二百万にも、三百万にもなるし、ときには五百から六百万になることもある。漁師にとってマナガツオは勝負にかける魚なんよ。
 
マナガツオは名前にカツオとつくけど、まさか、カツオの種類と思ってないやろな? カツオとは全然関係ないんぜ。味はもちろん、姿形も全然違う。マナガツオはしいていうたらマンボウに似とるかな。丸い目に丸い顔でかわいい形をしとらい。もちろんマンボウとは大きさが全然違って小さいのは二十センチから大きいので四十センチぐらい。鯛と並ぶ高級魚よ。
 
前はそれほど一般には知られてなくて、京都の料亭あたりで使われとったぐらい。ここのところは人気が出てきて結構どこの料理屋でも見かけるようにはなっとるよ。それでも値はそうは安くないけどな。
 
このマナガツオを漁師が狙うんは、一か八かのバクチを賭けるようなもんなんよ。会社勤めの人は漁師という職業そのものがバクチみたいと思とるかもしれんけど意外とそうでもないんよ。たとえば、鯛の場合やったら、だいたいが魚礁におるし、鯛の通り道というのがあるけん、それを潮の流れで動きを読んでしとめる。それに鯛はイカナゴとか大ジャク(エビの種類)が好物やけん、イカナゴや大ジャクが湧いとるところには、間違いなく鯛もおる。やけん、鯛なんかは読みができる技術のある人が必ず捕るんよ。まあ、年功序列ではないけど実力年俸制みたいなところよ。
 
やけど、マナガツオはなにより、“運”がものをいう魚。プランクトンを食べよる奴やけん、どの筋を通っておるのか、どの潮にのってくるんのか、どんなもんかようわからん。そりゃ広い海の上であてずっぽうに網をはるというわけにもいかんけん、今までどの時期のどの辺りであがった、というようなデータと勘をもとに、魚群探知機とにらめっこしながら、だいたいの見当をつけて探すんよ。魚探はイワシは赤とか、マナガツオは水色とか、なんべんも見よると色でだいたいの魚を区別できるようになるけん。やけど、水色はなかなかに見つけられん。
 
たとえ群が見つかったとしてもマナガツオを狙っとる船が多いけん、近くにおる船がすぐに集まってくるんよ。網を入れるのは早い者順。順番が来てまだ群がおればええけど、あいつらも移動するけんな。ほんと、運よ。マナガツオに固執せんと、一回二回でもどっかの魚礁に網を入れればなんかはかかるやろうに、当たれば大金という誘惑でその時間も惜しんで探し回ってしまうんよ。運がつかんかったら二、三ヶ月間、獲り高ゼロ、という船もおる。まあそれが、漁師にとっては面白いんやと思うんよ。
 
わしはこのマナガツオは狙ったことがない。勝負事は嫌いじゃないけど、どうも性分に合わん。そういう意味では生粋の漁師肌ではないんやろな。わしは完璧にデータを分析して、ある程度、獲り高の読める漁のほうが仕事としてやれる。
 
食べるのは好きよ。さすがに値がはるだけのことはあって、こいつほど、料理のしかた次第でいろんな顔を見せる魚はおらんけん。
 
産卵する前の十二月末ごろは、よう肥えて脂がいちばんのっとるころ。一キロ以上の大きいやつは刺身がうまいんよ。身は比較的やわらかい食感で、口に入れるととろっと溶けて濃厚な甘みが広がる。脂の甘みよ。つけた醤油をはじくぐらいやけん。たぶん目隠しして食べたら大トロと間違えるんやない。
 
ちょっと小さいのやったら塩焼きにする。パリパリに焼けた薄い皮を破って箸を入れると、中からジュワっと汁がでてくる。うまいステーキ肉を切ったときに肉汁がでるのと同じようなイメージよ。身はものすごいジューシーで甘い。塩がついとる皮をまぶしながら食べるとまた甘さが引き立って、これは酒よりごはんが欲しくなるんよ。プランクトンを食べよるマナガツオの内臓は小さくて、頭の下からしっぽの先までほとんどが身やけん、かなり食べ応えがあるぜ。
 
ビールのつまみにするなら唐揚げ。ギュッと目のつまった身を揚げると鶏肉のようなホクホクした食感でこれまた塩焼きとは違った香ばしい甘みになるんよ。頭は軟骨やけん、まるごとバリバリ食べられて捨てるところがない。
 
ちょっと日保ちさせるなら味噌漬け(西京漬け)がええな。京都の料亭なんかで出されるのはこれなんよ。海から離れた京都で食べるには日保ちせんといけんけんな。でもおかげでマナガツオのいちばんメジャーな料理になっとる。確かに味噌との相性は魚の中でダントツよ。風味もええし、ほかの料理にはない、繊細な味が出てくる。
 
ここの漁師に当たりが続いたら、うちでも味噌漬けにしておく。漁に出れんときには最高のおかずになるんよ。
 

遥か遠い海へ産卵に出かけるウナギ

冬のはじまりの時期に海におるウナギは格別うまいよ。オスは白子、メスは真子をもっとって、内臓には脂肪がぴっちりつまっとる。とにかくよう肥えとるんやきん。小振りなやつでも太さが普通のときのウナギの二倍。大きいやつになると、五倍はあるぜ。
 
ウナギはもともと川の魚やけん、海に下りてくるということ自体がなんか意味があるような気がするけど、海におるウナギならいつでも特別というわけではないんよ。夏場でも海でウナギを見ることはあるけん。でも、こいつらは子をもっとるわけでもないし、サイズも川のとおなじ。味もほとんど変わらん。しいていえば、川の魚独特のにおいがないぐらいよ。たぶん、なんかの拍子で海にやってきて、そのまま住みついとるんやと思う。
 
初冬の時期にこの辺りの海で捕れるウナギの場合は小さい白子や真子を持っとるわけけん、どうも産卵しに海に下りてくるらしいというのはわかっとる。そやけど伊予灘で産卵するわけじゃないんよ。そうとうに遠く深い海まで出かけていくみたいで、その途中にたまたま網にかかってしまうんやろな。なんでわざわざ海に下りてくるのか、どのくらい遠く深いところで産卵をするんか、どういう条件が必要なんか、とか、その生態はわかってないんよ。ウナギの謎よ。
 
どうも学者というんは謎があると解明したいみたいで前にもテレビの番組で東大の教授がウナギの謎を解明するというてチームを組んで大がかりなことをやっとったぜ。一ヶ月ほど船をチャーターして、ウナギがどこの海まで行ってどういう風に産卵するか追うというもんよ。ウナギはどうもグアムの海あたりまで行くみたいやな。愛媛の川のウナギに限らん、日本中のウナギが東シナ海まで行くみたいよ。その深い海で生まれたシラス(ウナギの子)がまたそれぞれの川に戻ってくるんやけん、そりゃ不思議な話ではあらいな。前に愛媛大学の教授もこの辺の海であがったウナギを解剖して調べたことがあるんやけど、そのときはただ海におるウナギがどんなんか知りたかったみたいで、何もわからんかったみたい。
 
まあ、わしは学者じゃないけん、科学的なことはわからんでもええんやけど、とにかくこの時期のやつはウナギとは思えん味よ。たとえていうたら、高級な霜降り牛のようなもんかなー。口に入れたらふわっと溶けるぐらいに甘く、深く、そして豪快な味。そりゃ、ものすごい遠いところまで産卵のために出かけていかんといけんのやけん相当な栄養を溜めとるわけよ。
 
普通に焼いたらウナギ自身の脂で燃えてしまうぐらい、脂がのっとる。やけん調理するときは気を付けとかんといかんのよ。気を抜いたら真っ黒焦げぜ。皮も厚くて硬いけん、素焼きをしたら一回蒸して皮をやわらかくする。蒸すとうわっつらの脂も飛ぶけんな。それでも身の中にある脂で十分やけん。
 
食べ方は白焼きをわさびしょうゆで食べるのと、蒲焼きと二種類。わしは白焼きが好きなんよ。白焼きはそのウナギが持つ、本来の味じゃもん。蒲焼きはたれで濃い味をつけてしまうやろ。そりゃいくらたれをつけても素材の味がいい悪いでうまさは全然違うけど、それでもこのウナギには、たれをつけてしまうにはもったいないぐらいのうまみがあるんよ。
 
脂、脂というけん、ふだん養殖のウナギを食べよる人は、ものすごいむつこい(脂っこい)ことを想像しよるんじゃない? 天然もんにのってくる脂は養殖ものにのってくる脂と違って全然むつこくないんよ。天然の脂はとろけるような甘さを出して、口の中に脂っぽさは残さん。やけん、量もけっこう食べれる。
 
まあ、カロリーは高いやろうけどな。あれだけの脂ののりやけん。ホントのウナギ好きの人にはたまらんと思うぜ。でもそんなに捕れんのよ。この時期にここの市場で三十から四十本ぐらいはあがるときもあったんやけど、最近はほとんどみんな。年に一本もあがらんときもある。
 
わしがこの海のウナギを知ったのは二十五年ぐらい前。知り合いの(仲買人)からたまたまもらったんよ。そのときは海のウナギというても、「別にたいしたことないわい。それにしても大きいけん、逆に大味じゃかなろか」と思ったぐらい。それが、食べてみてあまりのうまさにたまげた。伊予灘の魚はどちらかというと上品なうまさが魅力やけんな、こんなに脂がのっとっる衝撃の味は初めてよ。
 
それから五年後に店を始めたんやけど、このウナギは絶対に出そうと思うてな。市にあがったらすぐ買うようにしとるんよ。
 
町のほうから来るお客さんにこのウナギを出して、何もいわんとウナギやとあてる人は今まで一人もおらんかったな。たまにうつぼですか?といった人もおるけどな。