遥か遠い海へ産卵に出かけるウナギ

冬のはじまりの時期に海におるウナギは格別うまいよ。オスは白子、メスは真子をもっとって、内臓には脂肪がぴっちりつまっとる。とにかくよう肥えとるんやきん。小振りなやつでも太さが普通のときのウナギの二倍。大きいやつになると、五倍はあるぜ。
 
ウナギはもともと川の魚やけん、海に下りてくるということ自体がなんか意味があるような気がするけど、海におるウナギならいつでも特別というわけではないんよ。夏場でも海でウナギを見ることはあるけん。でも、こいつらは子をもっとるわけでもないし、サイズも川のとおなじ。味もほとんど変わらん。しいていえば、川の魚独特のにおいがないぐらいよ。たぶん、なんかの拍子で海にやってきて、そのまま住みついとるんやと思う。
 
初冬の時期にこの辺りの海で捕れるウナギの場合は小さい白子や真子を持っとるわけけん、どうも産卵しに海に下りてくるらしいというのはわかっとる。そやけど伊予灘で産卵するわけじゃないんよ。そうとうに遠く深い海まで出かけていくみたいで、その途中にたまたま網にかかってしまうんやろな。なんでわざわざ海に下りてくるのか、どのくらい遠く深いところで産卵をするんか、どういう条件が必要なんか、とか、その生態はわかってないんよ。ウナギの謎よ。
 
どうも学者というんは謎があると解明したいみたいで前にもテレビの番組で東大の教授がウナギの謎を解明するというてチームを組んで大がかりなことをやっとったぜ。一ヶ月ほど船をチャーターして、ウナギがどこの海まで行ってどういう風に産卵するか追うというもんよ。ウナギはどうもグアムの海あたりまで行くみたいやな。愛媛の川のウナギに限らん、日本中のウナギが東シナ海まで行くみたいよ。その深い海で生まれたシラス(ウナギの子)がまたそれぞれの川に戻ってくるんやけん、そりゃ不思議な話ではあらいな。前に愛媛大学の教授もこの辺の海であがったウナギを解剖して調べたことがあるんやけど、そのときはただ海におるウナギがどんなんか知りたかったみたいで、何もわからんかったみたい。
 
まあ、わしは学者じゃないけん、科学的なことはわからんでもええんやけど、とにかくこの時期のやつはウナギとは思えん味よ。たとえていうたら、高級な霜降り牛のようなもんかなー。口に入れたらふわっと溶けるぐらいに甘く、深く、そして豪快な味。そりゃ、ものすごい遠いところまで産卵のために出かけていかんといけんのやけん相当な栄養を溜めとるわけよ。
 
普通に焼いたらウナギ自身の脂で燃えてしまうぐらい、脂がのっとる。やけん調理するときは気を付けとかんといかんのよ。気を抜いたら真っ黒焦げぜ。皮も厚くて硬いけん、素焼きをしたら一回蒸して皮をやわらかくする。蒸すとうわっつらの脂も飛ぶけんな。それでも身の中にある脂で十分やけん。
 
食べ方は白焼きをわさびしょうゆで食べるのと、蒲焼きと二種類。わしは白焼きが好きなんよ。白焼きはそのウナギが持つ、本来の味じゃもん。蒲焼きはたれで濃い味をつけてしまうやろ。そりゃいくらたれをつけても素材の味がいい悪いでうまさは全然違うけど、それでもこのウナギには、たれをつけてしまうにはもったいないぐらいのうまみがあるんよ。
 
脂、脂というけん、ふだん養殖のウナギを食べよる人は、ものすごいむつこい(脂っこい)ことを想像しよるんじゃない? 天然もんにのってくる脂は養殖ものにのってくる脂と違って全然むつこくないんよ。天然の脂はとろけるような甘さを出して、口の中に脂っぽさは残さん。やけん、量もけっこう食べれる。
 
まあ、カロリーは高いやろうけどな。あれだけの脂ののりやけん。ホントのウナギ好きの人にはたまらんと思うぜ。でもそんなに捕れんのよ。この時期にここの市場で三十から四十本ぐらいはあがるときもあったんやけど、最近はほとんどみんな。年に一本もあがらんときもある。
 
わしがこの海のウナギを知ったのは二十五年ぐらい前。知り合いの(仲買人)からたまたまもらったんよ。そのときは海のウナギというても、「別にたいしたことないわい。それにしても大きいけん、逆に大味じゃかなろか」と思ったぐらい。それが、食べてみてあまりのうまさにたまげた。伊予灘の魚はどちらかというと上品なうまさが魅力やけんな、こんなに脂がのっとっる衝撃の味は初めてよ。
 
それから五年後に店を始めたんやけど、このウナギは絶対に出そうと思うてな。市にあがったらすぐ買うようにしとるんよ。
 
町のほうから来るお客さんにこのウナギを出して、何もいわんとウナギやとあてる人は今まで一人もおらんかったな。たまにうつぼですか?といった人もおるけどな。
 

日本古来の食べ物? ナマコ

ナマコの旬というと、冬を思い浮かべるかもしれんけど、実際はいつが旬、というのはない。ただ夏の間は海がにごっとるうえに、ナマコが石の下のほうに隠れとって見つけにくいけん漁師が夏にナマコを捕らんのよ。十一月ごろになってそろそろと出てきて石の横あたりにころころとしておる。漁師が秋から春ごろによう捕るけん、ナマコを食べることが多いのも秋から春ごろの間になるんよ。
 
十一月ごろにおるナマコは、「ふるこ」というて、ふるいナマコ。前の前の年に生まれたやつが、だれにも捕られることなくそのまま海におって、年をまたいでまた出てきとる。一月の終わりくらいになると「しんこ」が出てくる。しんこというのは新しいナマコのこと。
 
要するに、ナマコも春ごろに産卵するけん、その卵がかえるんが夏ごろやろ。夏に生まれたやつは少しずつ成長して冬を越すあたりに大人になる。こいつが「しんこ」よ。この「しんこ」が春、夏を越えて秋になると「ふるこ」になるんよ。
 
「ふるこ」はもう大人の中の大人やけん、太くて身もごついし、色も濃い。コリコリした歯ごたえがあって、ナマコ独特の磯の風味が味わえらい。
 
それに比べて「しんこ」はまだ大人になったばかり。小さくて身も薄く柔らかい。色も浅い。でも「ふるこ」よりは柔らかいという程度でぐにゅぐにゅっとしとるわけじゃなくて、ちゃんとコリコリした歯ごたえはあるよ。
 
さらにその中でも青と赤の種類がある。これはただ色が青いのと赤いの、というだけやけどな。東京の市場では青も赤も値は同じなんやけど、関西の市場は赤のほうが人気があって、ぐっと値が高くなる。なんでかいまだに理由はわからんけど青の三倍もするんやきん。青のほうが身がちょっと柔らかめで、赤が硬いんよ。ただそれだけの違いなんやけどな。
 
おいしく食べるコツは上手に薄く切ること。ナマコのええところはなんといってもあの弾力のある、コリコリした食感やけん。厚いと噛むのに難儀するぜ。ナマコ酢はレモンと醤油を一対一か、好みでレモンを多めで二杯酢をつくって、大根と小ネギを合わせる。わしはちょっとピリッとしとるほうが好きやけん、一味を少々。大根は時期によって味が変わるけん、自分の好きな具合をみて量を調節したほうがええよ。
 
うちではこのナマコ酢をどんぶりいっぱいにつくって、どっさり食べる。一度にどっさりではなく、ちょこちょこっとよ。まずは付出しとしてちょこっとつまんで、その日の刺身にうつる。刺身が終わればまたナマコで口をさっぱりさせて、またその日の焼き物か煮物かにうつる。その後もまたナマコへ。酒が進めばそのまま酒のあてに。と、けっこう便利な口直しになるんよ。ナマコは九十%が水分やけん、歯ごたえは硬くても胃に負担にはならん。麦わらでしばっただけで切れるんやけん。それに「ナマコを食べさせたら、寝小便も治る」といわれるくらい、ナマコは昔から体にいいものとして日本人に親しまれとるんぜ。
 
前に愛媛大学の教授がウニの研究をしとって、たびたびウニをわけてあげよったら、なにか恩返しがしたいというけん、ナマコに関する資料があったら教えてくれと頼んどったんよ。
 
愛媛にはなかったみたいなんやけど、たまたま知り合いの北海道の大学の教授がもっとったらしくて、その資料を送ってくれた。
 
こんな変な形をしたもんを誰が最初に食べたんやろ、とはよく言われることやけど、ナマコは日本ではそうとう昔から食べよったみたい。古事記にナマコについて書かれとるのがあったな、確か。それに江戸時代には中国に輸出しよったみたいよ。
 
資料をもう捨ててしもうたけん、確かなことはあんまり覚えてないんやけど。ナマコは漢方薬でも使われるくらい栄養があるけん、昔の人もそれを知っとったんやろな。
 

平目を食べ尽くす

ヒラメとカレイ、どっちがどっちかわかる? わしら漁師が見ると形も模様も全然違うのにと思うけど、日頃から魚をあんまり見ん人はおなじに見えてしまうかもしれんな。
 
簡単に見分ける方法は、口なんよ。ヒラメは左側に口があってふとい(大きく厚みがあるという意)けど、カレイは右側にあっておちょぼ口。この辺じゃヒラメのことを「ひだりくち」とか「大口カレイ」というたりもするんよ。生き物の形にはちゃんと理由があってな、なんで口の大きさが違うかというと、食べるもんが違うんよ。ヒラメは小アジとか、スルメイカとか生きとる魚を食べて育つけん、鋭い強い歯がいるし、大きく開けられる口がいる。カレイはゴカイとかの虫を食べるけん、小さいんよ。両方とも平べったくて茶色い色をしとるのは、住んどる砂場で敵やエサになるやつに気づかれんように隠れるためやけん。
 
こいつらは旬も全然違うんぜ。カレイ(アマテガレイ)の旬は五月に入ってから盆までの夏の時期。反対にヒラメは十二月から二月ごろの寒い時期よ。
 
この時期は魚の王様、鯛も旬やけど、わしは実のところ、鯛よりはヒラメのほうが好きなんよ。ヒラメの刺身は鯛より繊細な味をしとるし、何より肝がうまい。いや、どっちがうまいということではないんぜ。好みの問題よ。鯛は漁師にとって縁が深すぎてちょっと飽きとるんかもしれん。
 
ヒラメの肝は肉のレバー刺が好きなような人にはそのまま生で刺身にして食べるのがおすすめよ。口の中でとろんと溶けて甘みがたっぷり味わえる。すごくおいしいレバー刺を想像せんといかんぜ。へたなところで食べるレバー刺はくさくてクセが強いけん。
 
生っぽい食感が苦手な人は、ゆがいてつぶして、同じようにゆがいた胃袋と皮をたんざくに切ってポン酢であえたら、これは珍味。ヒラメは生きとる魚をエサに食べるけん、胃袋もすごく大きいし甘い。胃袋や皮やったら、ふぐよりうまいくらいやけん。
 
これにはキリッとした日本酒が合うんよ。わしが好きな酒は魚の邪魔をせん酒よ。食べるもんが主役やけん、どんなに立派な酒でも魚の味に勝ってしまうようなもんはいかんぜ。魚を食べたら、そのうま味が引き立って、また酒が飲みたくなる。そういう酒がええな。
 
ヒラメというたらエンガワの話もしとかんとな。なんでエンガワがうまいかしっとる? ヒラメはほかのとこはあんまり動かさんけど、エンガワがあるひれのとこはひらひらとよう動かすんよ。魚はよう動かすところがおいしいんよ。うちの店では三キロくらいのヒラメをよう使うんやけど、エンガワがあまってもったいないきん、唐揚げにして出すんよ。揚げると甘みが凝縮してな、お客さんから、「これは何? 食べたことない味やな」とよう聞かれらい。
 
旬のヒラメはよう脂がのっとるけん、ポン酢が合うよ。ポン酢はそのまま売っとるのは味がきついけん、ちょっと手間でも自分でつくったほうがちゃんと魚の味がわかる。うちの店ではかつおだしにだいだい酢と醤油を入れるんよ。家で食べるときはめんどいけん、だし抜きで。
 
脂がおちてくる四月ごろからは醤油のほうがええわい。ヒラメの味が弱くなるけんポン酢が勝ってしまうんよな。
 
ヒラメは刺身がよう知られとるけどな、アラもうまいんよ。料理としてはそのままの味がわかる骨むし(酒むし)がええかな。骨むしは最初に熱湯をかけてうわっつらの臭みをとって、塩と酒をふって蒸すだけよ。刺身の繊細さからは想像もできんような芳醇な風味があって、白身とは思えんしっかりした味よ。ネギともみじおろしをたっぷり入れたポン酢で食べる。かまにようけ身がつまっとるけんな、これでおなかいっぱいにならい。
 
アラは唐揚げにしてもええな。身が繊維質やけん、シコシコしとって食べごたえがある。頭もうまいんやけど、食べるのが上手やないとなかなか食べるところがないかもな。箸なんか使わんと手でとって、割りながら皮や骨の周りについた身をしゃぶりついて食べるんよ。
 
ヒラメの刺身を出す店やったら、絶対にアラも肝もあるけんな、注文してみたらええわい。
 

幻のふぐ刺し

 
やっぱり日本の冬のうまいもんとゆうたら「とらふぐ」。わしが漁をはじめてからこの四十年ほどのあいだ、いろんな魚を食べてきとるが、とらふぐは格別よ。
 
ふぐとゆうたら下関、とだいたいの人は思うやろ。やけど下関は水揚げ量が日本一というだけ。わしはやっぱり伊予灘のふぐがうまいと思うんよ。下関で一番ふぐの数が集まると有名な「南風泊(はえどまり)」という市場の売り子も「伊予灘のふぐはいいものが多い」とテレビでゆうとるけんな。「いい」というのはしっぽのほうまで身のつきがようて、よう肥えとるということ。伊予灘はエサが豊富やけん、ええふぐがおるんよ。
 
ただ問題は、ふぐの場合見た目にええふぐが食べてほんとにうまいやつかどうかはわからんこと。鯛やヒラメやったら、外づらを見れば十中八九、どんな味の身をもっとるかがわかる。やけど、ふぐばっかりは何度見てもわからん。あけてからのお楽しみなんよ。
 
見分けるのは身の色。都会の人なんかは真っ白いのがええと思うとんやないかな。残念ながら真っ白いのは水分を含んどる証拠。切って並べると皿が濡れてしまう。身はくにゅっとしとるし味もはっきりせんわいな。あっさりしすぎとるという感じよ。
 
ええふぐの身はな、アメ色しとる。皿が透けるぐらいに透明感があるし、切って並べるときに切り身が立つぐらいにハリがあるんよ。その薄いひと切れにふぐの味がしっかりとつまっとる。アメ色の確率が高いんが旬の一月から三月の間。この時期やったら八~九割は大丈夫よ。旬がはずれると逆に白にあたる確率のほうが高くなるんよ。
 
ふぐ刺しが薄いのは高価でもったいないからじゃないんぜ。鯛の刺身みたいに厚いと硬くて噛み切れんのよ。ただ、逆に薄けりゃいいってもんでもないんよ。刺身に切るときは、そのときの身の状態に合った薄さで切っていく。その差は一ミリもない、ほとんど感覚的なもんやけどな。一番うまみを感じられる薄さに切るんが料理人の腕前。そしてキレイに花のように盛りつける。盛りつけは肝心よ。いくら家族で食べるときであっても、キレイに盛りつけられた料理は有り難く食べるやろ。料理をしてくれた人に対してだけじゃないよ。魚に対しても有り難い気持ちを持てる。
 
ふぐ刺しを食べるときはまずは一枚ずつ食べて、そのときどきに食べるふぐのうまみを味わうのが通よ。今日のふぐはちょっとあっさりしとるとか、甘みが濃いとか、少し水っぽいかな、とかな。はじめっから三枚も四枚もごそっととるのはみっともないぜ。人間の舌は同じものを食べていくうちに慣れてくるけん、そうしたら数枚を楽しむのでもええんやない?
 
やけどもし万が一、桜の花びらのような色をしたふぐ刺しにでおうたときは最後まで一枚ずつ大事に味わったほうがええぜ。一生に一回の幸運かもしれんけんな。この桜色したふぐというのは百本さばいて一本あたるかどうかぐらいに貴重なもんなんよ。いやもっとかな。この四十年の間で数えきれんほどふぐをさばいてきたけどわしがおうたのは三本ぜ。
 
このふぐは文句なしに最高よ。たった三本でもその味はようわすれん。まず身の感触が違う。切るときぴたっと包丁にくっついてくる感じなんよ。余分な水気は一切ないけん皿が濡れることはないのに身はつやっぽい。
 
だいたい、ふぐの魅力というのは他のものに負けんその味の強さよ。あっさり淡泊やのに「わしがふぐや」という主張がある。もし最高級の鯛と一緒に食べることがあったとしたら、そんなことはなかなかないやろうけど、鯛の味がわからんようになるぐらいにかすんでしまうはずよ。そういうふぐの中で桜色のふぐはいちばん強い。口に入れるとその薄い刺身一枚にふくよかな甘みがあって、飲み込んだ後でも甘さが残る。強烈な味なんやけど、けっしてむつこい(脂っぽい)とか、のどが渇くような濃さがあるわけじゃない。調味料の味じゃないけんな。
 
自然のなかにおるやつはほんと、すごいもんよ。
 
やけん、もしもよ、桜色のふぐにおうたら最後の一枚まで一枚ずつしっかり味わってみて欲しいんよ。一枚食べるごとに口の中での味も変わってくるけん。満開の桜が皿にのっとるようにそれは華やかな色をしとるけん、はじめて見る人でもわかると思うぜ。