漁師の正月

 
正月というたら、飛行機の値段も、宿の値段もなんでもかんでも高うなるけど魚も一年でいちばん高値をつける時期なんよ。特に二十七日、二十八日、二十九日の三日間は正月に関係ある魚であろうとなかろうと、どんな魚もいつもより三割は高く売れる。
 
正月に関係がある魚というたら、めでたい、鯛。正月には縁起担ぎにだれもかれもがおせちに使こうたり、贈り物にしたりして欲しがるけん、いつもの倍はしよったんぜ。
 
それがこの不景気でとうとう正月の祝い事も控えるようになったんか、三年ほど前くらいからは他の魚と同じぐらいになっとる。まあ、倍の値はしても味は変わらんけん、正月やからってそがいに高値がつく必要もなかったんよ。 
 
漁師にとっては曜日は関係なく、毎年二十九日が仕事納め。最後の市が終わったら、船をきれいに水洗いして正月を迎える準備をする。
 
準備というてもたいしたことはせんのよ。普通の家が、いつもはやらんようなところを拭いたり、洗ったりするのと同じぐらいにちょこっと掃除して、お飾りをつけるぐらい。
 
お飾りは家は玄関や神棚といった大事なところに、船のほうには船霊様(ふなだまさま・船の性根を入れているところ)がおるところにつける。船にはふらふ(大漁旗)もあげておく。
 
数年前まではお飾りは自分でつくりよったんよ。わらやらかぼすやらお飾りに必要な材料は農家からもらってきて、座敷に誰も入れないようにして、一人こもってつくる。お飾りをつくるときは他人に会わんようにせんといかんと親から言われとったけん。家族もなるべく入れんようにしてな。理由は聞いたことがないけど、にぎやかに心躍ってつくるのではなく、粛々とした気持ちでやれ、ということじゃろ。作り方も親から教わった。わらを編んで、半紙に米、田作り、干し柿、細く切った餅をつつんで取り付ける。
 
そのお飾りもこの数年はつくらんようになって、最近は出来とるやつを買ってくるんよ。もう今はようつくらんな。ほんの数年やらんだけででわらの編み方も忘れてしもうたわい。
 
元旦にはお雑煮と御神酒を船にあげにいく。そして船の上で「おいべっさん(恵比寿様)、おりゅうぐんさん(海の神様)、今年も安全に漁ができて、大漁になりますように」とお願いをする。
 
二日は乗り初め。というても船を海に出して漁をするわけじゃないよ。エンジンをかけて、船に今年もよろしく、と挨拶する。
 
漁師の正月というのはけっこう地味でな、特別な催しがあるわけでも、特別なもんを食べるわけでもない。酒の肴も、ええ魚は売ってしもうとるけん、日保ちのするタコやイカをつまむぐらい。
 
ちょっと違うと言えば、元旦に年始回りをしよったことかなあ。漁師どうしで年賀状を出し合うことはせんけん、元旦には朝の七時ごろから盛装して、年始の挨拶に回りよった。一軒ずつ「おめでとうございます」と挨拶しては、「まああがりや。おとそいっぱいぐらい」と誘われて「ほしたらちょっとよばれていこか」とおせちと酒をごちそうになる。そしてそこの主人を連れて、また別の家に、という具合に世話になっとる家を巡る。回る順番も昔からおんなじように。自分の家に戻る昼過ぎころには体中から酒の匂いをぷんぷんさせて、真っ赤な顔して一張羅のままコタツに倒れ込む、というのが漁師の家の元旦の風景やった。
 
いつの間にか、せんようになったなあ。
 
だいたい、昔は正月といえば漁師にとっては貴重な休みやったんよ。昔の市場は年中無休で、休みと言えば盆と正月だけやった。ということは漁師も同じ年中無休。もちろん、時化て漁に出れん日は実質的な休みになったけど、市場は開いとるのに仕事ができんのやけん、不安もあるし気は休まらんかった。明日は風が吹いて時化るやろう、という前の日も、もし漁に出る船がおったら、と思うとそんなに深酒はできん。漁師は誰かが一隻でも漁に出たら、多少時化とったとしても次いで漁に出るんよ。これは漁師の本能としか言えん行動やけどな。他の船が出とるのに自分は漁に出んままで、もしその船が大漁をあげてきたら、ただ指をくわえて見とることになるやろ。やけん、そういうときはとにかく船を出して、本当に時化て漁ができんかできるかを自分で確かめに行く。
 
そういうことやけん、市場が休みの正月は、漁師も心からくつろいで酒が飲めよったんよ。
 
それが二十五年ほど前に、日曜、祭日、第二、四水曜日と定休日を設けた。市場が休みになったら漁師にも定休日がでける。
 
海という大自然を相手に、自由気ままに生きとる漁師やけど、時代の流れとともに変わってきとる。続けとる伝統や習慣もあれば、なくなっていくものもあらいな。簡単で便利なことを選ぶこともある。わしは時代とともに変わっていこうが、変わらんかろうが、自分がええようにすればいいと思とる。それが選べるようになった時代ということやと思うぜ。
 
そのころに比べれば正月が特別な日、という気持ちが薄れてきとるかもしれん。
 


2018年1月2日