ナマコでひと商売

三十年ほど前はわしにとってはナマコの時代やったんよ。毎日毎日、潜って潜って、ナマコを捕りよった。やけどそのころ、都会ではナマコがものすごい価値が高うてええ値をつけるのに、ここ下灘の市場では全然値がつかん。あんまり値に差があるけん、悔しくてな。それでなんとかならんもんかと考えたんよ。
 
ふつう、わしら漁師が捕った魚は地元の市場でセリにかけて、セリ落とした商人(仲買人)が水槽車で関西や東京に運んで中央市場でまたセリにかける。活きた魚は活きたまま運ばんと価値がのうなるけん、運送を自分でやるのは基本的にムリ。でもナマコの場合は袋に詰めて夕方の航空便で送ったらその日のうちに活きとるまま関西や東京に届けられる。つまり、地元におっても、商売ができる。まだナマコで商売する人もあんまりおらんし・・。よし、それならわしがやったろ、とな。
 
ただ問題はもうひとつあったんよ。漁師は所属しとる組合の管理する海域で漁をして、そこで捕ったもんはその組合の市場で売らんといかんときまっとる。わしは下灘の組合員やけん、下灘の磯場で捕ったやつは下灘の市場で売らんといかん。
 
そこでとなりの組合の磯場の漁業権を一年間の契約で買って、その磯場で捕ったナマコを送ることにした。こういう場合はよそで売ってもええと認められとるけん。でもわしひとりで捕る量はしれとるけん、さらによその船が捕った分をまるごと買って仕入れて関西や東京に送るようにした。
 
十一月から二月くらいまでは磯のナマコがええ値で売れてな。これはええ商売になったぜ。漁師するのがばからしいぐらいにもうけたけんな。
 
二月終わりころからは磯のナマコは少なくなるんよ。で、ちょっと沖のほうの砂地にいったら、ナマコの大きいやつがゴロゴロおる。わしらは「あおこ」と呼びよるんやけどな。磯に住んどる青いナマコとはまた種類が違うんぜ。こいつらは磯のナマコと比べると太いし身もごつい。やけん、そのままでは売れん。それでまた、どうにかならんかなと考えて、「あおこ」を加工することにした。
 
この「あおこ」は二月の終わりに卵をもつんよ。その「あおこ」の卵が、日本三大珍味のひとつ「このこ」。最近の若い人はあんまり知らんかなあ。「からすみ」は知っとるやろ? からすみはボラの卵でこいつも三大珍味のひとつ。「このこ」はからすみによう似とる。でももっと味は濃くて、磯の香りも強いんよ。
 
 作り方はまず、ナマコの腹を切る。そしたら、水といっしょに内臓やら中身がどばっと出てくる。その中に卵も入っとるけん、それを全部出してしもうて、内臓と卵を分ける。卵は卵らしい濃いオレンジ色をしとるけど、形はいわゆる卵形ではなくて、もずくみたい。とにかくちゃんとした形をしとらんのよ。こいつを集めてひもに吊して天日でだいたい十~十五日くらい干す。もずくをひもに吊すのをイメージしてもろうたらわかると思うけど、つるっとすべって下に落ちるけん、けっこう大変よ。それをなんとかうまいことまとめて吊すと三角の形ができる。これがしっかり乾いたら「このこ」の出来上がり。火で軽くあぶって食べる。
 
ナマコの量に比べて卵は少ないけん、高価なんよ。店頭で買ったら三角の一枚(約百グラム)が三千円くらいする高級珍味ぜ。
 
もうひとつ、腹に入っとった内臓(腸)。こいつが「このわた」、つまりナマコの腸の塩辛になる。
 
腹から出したばっかりの腸は中に砂とか老廃物がたまっとるけん、まず細長い腸を手でしごいて中のもんを出してキレイに洗う。腸はうすい黄色をしとって、砂とかゴミが入っとったら黒くなっとるけんすぐわかるんよ。そのあと、さらに塩水の流水でていねいに洗う。実はこれが大変なんよ。もみ洗いでもできれば簡単なんやろうけど、腸はデリケートですぐに切れてしまうし、傷を付けてもいかん。二十から三十分ほどかけて完全にぬめりがとれるまでうまく手の上に腸をすべらせるようにして洗う。完全な手作業よ。
 
味付けは全体量に対して少し多めの十%くらいを入れる。三、四日間つけて、出来上がり。
 
さて、腹を割ってすっかり空になってしもうたナマコ。もちろん捨てたりはせんよ。
 
実はこいつが一番の高級品。
 
腹の水も内臓も出してしもてひと回り小さくなったナマコを今度は大きな鍋に入れて煮詰め、さらに身に含んどる水分を出す。約四十分ぐらい煮たらきゅーっいうてナマコが鳴くけん、その鳴き声が聞こえたら火を止める。この時点で最初から五分の一ぐらいの大きさになっとる。それをさらに天日で干す。二十日から一ヶ月くらい、じっくり時間をかけてカラカラにする。出来上がったときは完全に水気がのうなって、海におったときのサイズの十分の一弱の大きさ。真っ黒で見た目も手触りもゴムみたいよ。
 
これが「きんこ」と呼ばれる高級食材なんよ。干しアワビがバカみたいに高かろ? それと一緒よ。めちゃくちゃ高い。大きさで特大、大、中、小、小びりと五段階に分けるんやけど、大きければいいもんでもなくて、「大」がいちばんええ値がつくんよ。それがキロ一万円から一万二千円くらいはしよったなあ。
 
 「きんこ」は炒め物とかチャーハンとか、中国料理によう使われるんよ。わしは中華はほとんど食べんきん、どう使いよるんか実際はみたことないんやけど、灰色で、見た目にはしいたけに見えらい。
 
わしが売りよった業者は中国にも輸出しとったんよ。その業者がたまにお土産でウーロン茶をもってきてくれよった。まだ日本ではあんまり知られとらんころやけん、変な味のお茶やなあと思って飲みよったよ。
 
今はもうナマコの時代は過ぎた。昔は「このこ」も「このわた」も食通の人がわざわざ高いお金を出して食べよったけど、最近はあんまり食べんようになった。珍味というのは、それほどうまいわけでもなかろ。珍しいというだけで。「きんこ」は今でも中国料理には使われとると思うよ。ただ手間がかかるけんな、これを作るんは。
 
この「きんこ」は、煮詰めてすぐがうまいんよ。そのまま食べてもうまいけど、きなこをつけて食べるとほんのり甘みがあってさらにうまい。ぷりんぷりんしとって、歯ごたえのあるわらび餅みたいやな。生のナマコとは全然違う特別な味よ。たまに今でも店の先付けに出しよるんよ。お客さんの不思議そうな反応が面白いわい。
 


2016年12月19日