伊予灘にシャチ現る!

 
確か、二十五、六年前のことよ。いつもの通りイカス漁に出て、かごを全部あげて、もう今日は漁もおわり、というところで、船の先に腹ビレを出してくるんくるん回りよるんを見つけてな、「フカ(サメ)が弱って動きよるんやわい。つかまえちゃろ」と思って近づいていったんよ。ちょうど船の真下にくるぐらいまで近づいていたら、白と黒のまだらが見えて、十二メートルある船よりもでかいその姿が現れた。シャチやったんよ。びっくりしたぜ。慌てて船を走らせて港に戻った。まさかシャチやとは思うてないけん、間近で太い腹ビレを見たときはさすがに怖かったわい。その日はたまたま春霞がかかって視界が悪かったのもあるんよ。「オルカ」とかなんとかいうシャチを捕らえようとした漁師がシャチに復讐する映画があったやない。観たことはないけど、なぜかそれも思い出してな。
 
その次の年か二年後か忘れてしもうたけど、今度は潜りをしよるとき。わしは海に入って漁をしよったんやけど、船にあがったらうちのが「お父さんが入っとったすぐ後ろで大けな魚が潮を吹いておよぎよったよ」というんよ。わしは「わけがわからんことをいいよらい」と思って聞き流しとったら目の前をすぅーっと白黒のやつが通り過ぎた。またシャチよ。「あいつか?」と聞いたら「そうそう」というて答えるけん、またまたびっくりよ。
 
イカスのときに見たのは海岸から三キロほどの沖のほうで、わしが見たぎりでおらんなったけど、このときは海岸から百メートルほどのところにおって、そのあと港のほうにも行ったようで、他の船が見かけて「てがう(ちょっかいを出して遊ぶ)とやばい(やんちゃ)やけん、相手にせんほうがええぜ」、というて無線が入った。大きいけん、いくら漁師でもつかまえようとはせんけど、もしてごうてぶつかってこられたら負けてしまうけんな。
 
こいつは一週間ぐらいおったんよ。もちろん、その間も普段通りみんな漁には出るよ。潜りもする。人間を喰うたりせんのはわかっとるけん、全然怖くないんよ。「今日はあそこでおよぎよらい」というて話題になるぐらい。伊予灘で生活しよるやつではないけん、珍しいのが入ってきたな、という程度でな。わしがイカスのときに怖いと思ったのは状況が状況やったけんよ。喰われるというのではのうて、ただその大きさに驚いたんよ。
 
シャチはそれ以来見かけてない珍客やったけど、イルカはよう遭うんぜ。この辺りでは、イルカを捕る漁はしよらんけん、わざわざつかまえることはないけど、やっぱり漁師やけん、中にはおるんよ。その人はたまたま網にかかったけん、つかまえたんやと。それが港に戻る間キュンキュンあんまり悲しそうに泣くもんやけん、なんぼにも辛くて、もう二度とつかまえん、とは言いよったけどな。
 
わしが今までいちばんイルカをようけ見たのは、海の上じゃのうて、この店からなんよ。なんか黒いかたまりが見えると思うたらイルカの大群。どっどどっど、飛んだり跳ねたりしながら長い列がとだえん。恐らく何千頭かはおったと思うぜ。どっかに行きよる途中やったんやろう。伊予灘には珍しい風景やったけど、海はつながっとるけんな、そういうこともあらい。
 


2013年5月1日