キングオブタコ

 
明石の人には悪いと思うけど、タコはどこのタコでも一緒よ。もちろん明石のタコもうまいと思うよ。ほんでもタコの場合、どこで捕れたかはあんまり関係ない。明石のタコは、潮が速いところで捕れるけんおいしいというみたいやけど、潮が速いというんやったら関門海峡でも速いし、豊後水道も玄海灘も速い。潮が速いところなんか日本中、世界中、海のつながっとるところはどこにでもあるんじゃけん。伊予灘は比較的穏やかやけど、場所によっては潮が速いところはいくらでもある。来島(今治沖)では大潮のときなんか十ノット(約十八km/h)以上あるよ。ほんでも、「タコは来島」とは聞かんやろ。
 
タコはどこにでもおるし、だいたい一年中あがる。前は三月、四月と九月、十月は漁が少なかったけど、最近は九月と十月だけやな、タコが切れるんは。恐らく春と秋に産卵するけん、力尽きて死ぬやつが多くてあんまり捕れんようになるんやろうけど、それでもわしがタコかごをしよったときは、九月、十月も捕れよったんぜ。直径一メートル幅くらいの丸い四角いかごに、小さい魚を入れとくとタコが入ってくるんやけど、タコはタコも食べるけん、先に入っとるタコを狙って入ってくるやつもおる。量があがらん時期やけん、タコでもええ値がつきよったわい。産卵の時期というても、いっぺんに海中のタコが子を産むわけじゃないし、タコが一匹もおらんなることはないよ。
 
タコは魚とちがって、旬がない。一年中だいたい平均してうまいよ。それが、ほんの一時期、梅雨に入る前ころから、突然びっくりするくらい身がやおくてきれいなやつが出てくるんよ。誰が食べてもすぐわかるくらい、全然違う。そいつはゆがいても火が通ってないんやなかろかと思うくらいみずみずしい。こんときのタコは特別よ。刺身はもちろん、普段のタコやったら歯の悪い人はちょっと食べにくいくらいに硬くなる天ぷらにしても、こいつはやわらかくてジューシー。タコ酢なんかいつもは箸休めに食べる料理やけど、うまくて箸がとまらんようになるよ。
 
うちの店の若い板場なんか、うちに来るまでタコにそういうときがあるのを知らんかって、わしがどんだけ説明してもようわからん顔しとったんよ。やけん、初めてそのタコにあたったときは感慨無量の顔しとったわい。「これがあの、キングオブタコか・・」いうてな。
 
こいつが最初に出てから二週間でパタッとおらんようになるんよ。キッチリ元のタコに戻る。これだけはなんでかわしもわからんのよ。産卵も関係ないし、旬というには短すぎよ。水温の変化かもしれんけど、違うかもしれん。
 
見た目でも全然わからんし、出てくる時期も毎年ちょっとずつずれるけん、普通の人がこのタコにあたるんは運よな。うちの場合は店で毎日使うけん、たまたまわかるようなもんよ。
 
タコの中でも旬がはっきりしとるんは、イイダコや手長ダコ。こいつらは卵を食べるようなもんやけん、卵が入っとるんが旬よ。ゆがいたやつを頭からまるごと食べる。新米の炊き立てみたいな卵が頭にパンパンにつまっとるんよ。ほくほくしとって味も新米のような甘みがある。
 
イイダコは二、三月ごろに卵が入っとる確率が高い。手長ダコは六、七月よ。手長ダコってわかる? 韓国では活きとるぐにゅぐにゅしとるのをそのまま生で食べるやつ。こいつは甘みが特別強くて味が濃い。身もやわらかいしな。卵がおらんときでも、わしは甘辛くたいて食べるのが好きよ。
 
手長ダコを料理するときはひとつだけ気を付けといて。八本の足うち一本だけ、先が平べったくなっとるのがあるんよ。その部分の二、三センチくらいは切り落とさんといけん。もしそこを食べたらじんましんが出てしまうことがあるけん。マダコは大丈夫よ。手長もその一本だけ。
 
海のもんに限らんけど、そいつがいちばんいいとき、旬の味を知っとるけん、旬じゃない味がはじめてわかるんじゃない。イイダコや手長みたいに卵があるかないかみたいに旬の印があるんは少ないけんな。
 


2015年6月3日