梅雨の水を飲んでうまくなるスズキ

 
梅雨がくるとこの辺の漁師はよいよ(本当に)漁に出んようになる。雨が降るとガスが入るけんな。山が見えんで網代がわからんようになるし、障害物が見えんけん衝突の危険もある。何よりカッパを着るのを嫌うんよ。ムシムシして気持ちわるかろ。雨が降ったらだいたい漁は休みよ。
 
ほんでも捕る魚がおらんわけじゃないけん。旬の魚はおるよ。梅雨の水を飲んでうまくなる代表的な魚がスズキよ。
 
スズキは冬のころは大根を喰うほうがうまいと言われるくらい、食べられたもんじゃない。そいつが梅雨入りが近づく五月の終わりころから劇的に変わってくる。梅雨の水を飲んでうまくなるというて、本当に梅雨の水を飲むけんうまくなるということではないんよ。これはたとえ。梅雨の時期に旬を迎えるということで、ことわざみたいなもんやけん。
 
まず、見た目が全然違ってくる。冬から春ごろはどんより色つやがないんよ。もともと黒っぽい魚やけん、やせてつやのない細長い姿は食べてやろうという気もせんわい。
 
それが梅雨のスズキは全体的に黄色みがかって、艶っぽい。真ん中あたりに点々があるんやけど、その点々が金色に鮮やかに光ってキレイな姿をしとらい。体もよう肥えとる。あー食べたいなーと自然と思わいな。
 
旬のスズキは「あらい」にして食べる。身を洗って食べるんよ。まず三枚におろしたら皮をすく(とる)。氷水をいれたボウルに水道の水をだーっと流し入れて、そこに皮をすいた身を入れてバシャバシャ洗う。これで身の外側についとる脂をとばすんよ。氷水に入れるんは、とにかくあっさりさせるため。中の脂まではとってしまわん。その外側のあっさりと中の脂ののり具合の舌触りがうまいんよ。
 
脂ののってないやつは氷水に入れたとたんに身がふやけて白っぽくなってしまうけん、それで体ができとるかどうかもわからい。だいたいそういうやつを洗ってしもうたら水っぽくて食べられんやろうけど。
 
脂ののったやつは氷水に入れてもあんまり状態は変わらん。とはいうても、あんまり長く洗いすぎたらやっぱり水っぽくなってようないけん、洗いすぎんように身の締まりどころを見計らってな。だいたい四,五回バシャバシャっとするくらいでええと思うよ。一尾一尾で脂ののり具合なんかも多少違うけど、その具合までわかるようになるんはプロの職人でもなかなか大変やけん。
 
洗いができたら周りについた水気をとって、あとはへぎ造り(斜めに三ミリくらいの厚さで薄く切る)にする。
 
この「あらい」は皿が肝心。氷をしいたガラス皿の上に並べるんよ。夏に向けてどんどん蒸して暑くなってくるけん、刺身はぬるいのより、ひやい(冷たい)もんがおいしかろ。笹でも飾れば見た目にも涼しいよ。
 
こうして身を氷水で洗って食べるのは海の魚ではスズキぐらいよ。ただ、洗うというても、臭みがあるからでも脂が多すぎるわけでもないけんな。昔から旬のスズキはあらいで食べてきとる。これは昔の人の知恵やと思うよ。急に暑くなる梅雨ごろはあんまり食欲がなかろ。そんなときでも日本人の大事な活力源である魚をたくさん食べられるように、と考えたんじゃないかな。
 
しゃっきりと身のしまったスズキのあらいとつめたく冷えた酒があれば、ムシムシした夏の夜もええもんぜ。旬の鯛を思わせる身の甘みとあらい独特の歯ごたえはスズキの専売特許よ。
 
もともとスズキは鯛と並ぶ高級魚やったんよ。それがここ数年、変なイメージをつけられて食べる人が少なくなっとるみたいでな。
 
スズキはどこにでも移動する魚で、河口とか港にも入っていくんよ。きれいなところなら別に問題ないよ。でもたまたま、汚されとる河口や油の溜まった港に入ってしもうたやつらがたまたま調査のために捕られることがあった。そのことで、人間が汚したくせに、まるでスズキが危険みたいになってな。そのころからイメージが悪くなったんよ。スズキがかわいそうやわい。海で泳ぎよるスズキは姿はもちろん、内臓も身もキレイよ。ほんとうは上品な気高い魚なんよ。うまいスズキのあらいを食べたらそんな変なイメージはいっぺんにとんでしまうはずよ。
 


2013年6月11日