漁師の縁起担ぎ

 
ここらへんの漁師は海に持っていく弁当には梅干しを入れんし、十三日の金曜日は漁にいかん。
 
なんで梅干しがダメ? と思うかもしれんな。梅というたら、弁当につきもんやし夏場なんかは弁当が腐らんようにするのにもええけんな。けど、たとえ弁当に梅干しを入れて漁に出たとしても、梅干しの種は海に捨てんと持ってかえる。種に意味があるわけじゃないんやけどな。ちゃんと持ってかえったという証のようなもんかな。別に決まりがあるわけじゃないんよ。
 
梅干しの何がいかんかというと、梅干しから連想する味よ。「梅干し」と言われたらどういう味を想像する? 「すっぱい」やろ。これがいかん。「す」を引く、というて縁起が悪いんよ。「す」というのは「素網」のこと。網になんもかかってないってことなんよ。梅干しに限らん、巻き寿司とか、酢の物とか、酢が入ったもんも持っていかん。
 
この辺で十三日の金曜日に漁に行かんようになったんはここ十数年のことではあるんよ。十数年前、二年連続でその日に大きな事故があってな、死者が出たんよ。その人らはたまたまやろうけど、「わしらは仏教やけんキリストなんか関係ない」といいよって事故に遭うた。
 
日にちのことでいうたら、正月にも同じようなことがあったなあ。正月はまず三が日は休まいな。四日は組合の総会が開かれよったけん休み。で、本来なら五日が初漁ということになる。ほやけど五日には消防団の出初め式があった。別に漁師と消防団とは関係はないんやけど、この辺では消防団に入っとる漁師が多いんよ。その人らは休まんといかんやろ。もし万が一家が火事になったときには世話にならんといけんし、初漁はみんなでいっぺんに行こうや、ということで消防団に入っていない人も五日は休みにしよったんよ。それがある年に消防団に入っていない漁師が「消防団の人は年俸ももらえるんやけん、わしは関係ない。五日からいくぜ」というて漁に出た。そしたらその人が事故に遭うてしもた。それ以来何十年も五日まではみんな休むようになったんよ。
 
で、六日からは堂々と漁にいける。やけど、今度は六曜を見んといかん。初漁やけん、どんなに天気がようても、日が悪い日はいかん。天気とのタイミングが合わんと、十日ぐらいは休みが続くこともあらい。
 
子供が小さい頃は「今日も休みなん? ええなー、大人は」とうらやましがっとった。当のこっちは早う漁に行きたいんやけど、仏滅や赤口にいくようなことはようせんけん。
 
二、三年前に総会の日取りと出初め式の日は変わったんよ。今は五日から行くけど、縁起を担ぐことは変わらんよ。
 
漁師は“板子一枚地獄”というてな、落ちたら地獄というところで仕事しよるけん、昔からの言い伝えに背くようなことはせんし、ちょっとでも気を煩うようなことは避ける。
 
縁起担ぎとは関係ないかもしれんけど、漁師は万が一、海で事故があったときにはその人は全く知らん人でも、全員が協力して捜索にいくんよ。何日でも漁を休んでな。
 
海に生きるもんの生き方というと大袈裟やけどな、海とか仲間とか漁に対しての思いというかな、そういうのを大事にしとるところが、漁師のええところやと思うんよ。
 

 


2013年9月6日