漁師の保存食、雑魚の南蛮漬け

 
漁師が捕ってくる魚には、商品にならん、タダ同然のちいさい魚もおる。ぜんご(アジの一年生のこの辺りの呼び名。通常は小アジ)にどんこ(とらはぜ)、チダイの子に、えぼだいの子…。
 
鯛みたいな大きなのを狙っとる人らは使いよる道具の網目が大きいけんそんなに小さい雑魚がかかることはないけど、エビなんかを捕る底引き網やとだいたい一日にトロ箱ふたつぐらいは、いらん魚が入ってくる。
 
売ったとしても、二十キロ入りひとつが四百円ぐらい。
 
それでも最近は値がつくだけええようなもんなんよ。新聞なんかで取り上げられとるけん知っとると思うけど、このところイワシが減ってしもうて、ハマチ養殖業者のエサ業者が困っとるらしくてな、そういう業者がイワシの代わりにというて買ってくれるらしいわい。
 
ちょっと前までは市に持っていっても買ってくれる商人(仲買人)がおらんかったけん、途中で海に捨ててしまいよった。多少は持って帰って自分らのおかずにしたり近所周りにあげたりするけど、全部はよう食べんし、漁師仲間もそんなにもろうてくれんけん。
 
それが、冬の時期はけっこう重宝するんよ。
 
というのも、北風が吹いてくるとなかなか漁に出れんけんな、売るもんもなければ、自分たちのおかずもない。ひどいときは一週間から十日くらい漁に出れんこともある。わしは最低でも一日一回は魚を食べんと調子が出ん。というか、食べるもんがないんよ。肉ばっかり食べるとむつこうて気持ち悪いし、洋食は好かんけん。
 

一見穏やかそうに見えるが、よくみると沖は白波がたっている。
 
スーパーでまずい魚を買うのはバカらしいしな。
 
そういうとき、冷蔵庫の奥から取り出してくるのが雑魚の南蛮漬け。これなら冷蔵庫で二週間は十分保つけん。
 
雑魚は南蛮漬けが合うんよ。
 
未熟な小さい魚というたら、脂はのってないし、身は貧弱やけん、刺身にも焼き物にも、どうにも使いづらい。けど、南蛮漬けにすると成熟した魚に負けん立派な料理になる。成長過程の細い骨はしっかり酢に浸かってやわらかくなるし身は酢を含んでちょうどいい具合の甘みを出してくる。頭から全部まるごといけるよ。
 
中でもわしがいちばん好きなのはチダイの南蛮漬け。チダイの身はマダイに比べると柔らかめで、甘いんよ。チダイの場合はどんなに大人になっても七百から八百グラムほどしか大きくならん魚で、尾頭付きの煮付けや焼き物に使われることが多い。このサイズで南蛮漬けにしてもええけどちょっともったいないけん、子を使う。これが南蛮酢との相性は抜群なんよ。漬けておくと身がしっとりして上品な甘みになるんよ。
 
南蛮酢というのは南蛮漬けに使う合わせ酢のこと。和食で使う合わせ酢はいろいろあって、タコ酢やイカ酢とかの酢の物に使うのが土佐酢。鍋や刺身、唐揚げに使うのはポン酢。それぞれ使う調味料も違うし、合わせ方も違う。
 
蛮酢と土佐酢はふつう米酢を使うんやけど、南蛮酢の場合、わしはちょっと贅沢にだいだい酢を合わせるほうが好きよ。ポン酢にもだいだい酢を使う。これはだいだいをしぼった果汁百%の酢やけんな、つんとした感じがなくてまろやかに仕上がる。うちでは昆布だしとだいだい酢を同量に合わせたものに砂糖、みりんを多めに使って、しょうゆで味を調える。
 
ちなみに土佐酢のほうは、酢の味をしっかり出すけん割合は昆布だし二対米酢三ぐらいで。最後にかつお節を入れて風味良く合わせるんよ。かつお節をいれるけん、土佐という名前がついとるんじゃと思うぜ。こいつは火で沸かして米酢のきつさをとると上品な味になる。ただし酢が飛ぶほどに沸かしすぎんことがコツぜ。
 
南蛮漬けをさらにおいしく仕上げるには魚を油で揚げんと、焼くこと。焼きたてをスライスしたたまねぎと南蛮酢につけて三、四日経ったやつが最高よ。焼くとほんと、香ばしさと酢の甘さとが絶妙の味になるんよ。最近はめんどうがって揚げる人が多くなったけどな。昔はこの辺で南蛮漬けというたら、焼いてつくりよったもんよ。もし揚げてつくるとしても、揚げた後に熱湯をかけて外の油をとばしてしまえば、油っこくなくできらい。
 
見栄えようつくるには、たまねぎだけじゃのうて、にんじんとピーマンの千切りを加えたら彩りようなるけん。お客さんに出しても恥ずかしくないつまみになるぜ。
 
南蛮漬けはある意味、ほんとうの漁師料理よ。商品にならん魚をうまいこと保存して食べれるようにしとる。わしが小さいころはどこの漁師の家にもあったけんな。たいていの魚は合うけん。
 
キスとコチだけはいかんよ。春の魚やけん冬にはおらんけど、こいつらはどれだけ酢につけとっても身がやおくならん。かたくて食べれんかった。なんにでも相性はあるもんぜ。
 

最近はハモが年中揚がるようになったので、ハモの南蛮漬けが定番。
 


2013年12月15日