ふぐラーメン

 
ほんとにわしはふぐが大の好物なんよ。鍋がうまい寒い季節はもちろんやけど、暑い暑い真夏でも無性に食べたくてうずうずしてくる。ある意味ふぐ中毒やな。わしは漁師といっても仕事ではふぐなわ(ふぐだけを捕る漁法)はやってないけん、自分が捕って食べるのはたまに遊びで行くときぐらい。ふぐなわしとる人にお古のなわをもらっとるけん、それでな。それでも食べたいと思っていちいち捕りに行っとっては間に合わんけん食べたいときはちゃんと市場で買うんよ。ただ、ふぐがようけ捕れる冬の時期は、わしが好きなんを知っとるけん、漁師仲間がようもってきてくれる。多いときは二〜三週間に一回は食べよるかなあ。
 
ふぐは刺身やアラはもちろんやけど、どの場所をとってもそれぞれに個性のある味をもっとるんよ。できればあんこうみたいに捨てるところはないぐらいに全部食べてしまいたい。条例で食べたらいけんといわれとるところがあるけんそうはいかんけどな。食べられるところはどうやったらおいしく食べられるかとことんつきつめるぜ。
 
ふぐには三種類の皮があるんよ。いちばんポピュラーなのはわしらが「てっぴ」と呼びよる白黒模様の外側の皮。ふぐ刺しのことを関西のほうでは「てっさ」というやろ。それと同じようなことよ。てっぴは軽く湯通しして千切りにして食べる。弾力があって食感がええんよ。だいたいの料理屋は刺身の「つま」みたいにふぐ刺しの皿にのっけとらい。一緒に食べると、刺身の甘みが立って味わいが深くなるんよ。
 
そのてっぴの裏側にあるのが「とうとみ」と呼ぶ皮。わしはこれを鍋の最初にしゃぶしゃぶして食べる。ひと口サイズに切ったとうとみを箸で持って鍋の湯に三回往復させるぐらいがええ頃合いよ。こいつは場所によって味と食感が違う。白くて厚みがあるのは腹側のとうとみ。肉でいうたら特上ミノのような歯ごたえでひと噛みごとに味が出てくるんよ。黒くて薄いのは背中側。こっちはセンマイみたいな食感かな。わしが最初にこのとうとみを食べたのは四十年以上も前。ふぐが好きな漁師がおって食べさせてくれたんやけどそのときは鍋の中に入れられて溶けてどろどろになっとったんよ。それでもうちょっとうまい食べ方があるんじゃなかろか、と思ってしゃぶしゃぶを思いついた。わしは魚が好きじゃけん、考えるのが楽しいんよ。考えた料理法で素材のうまみが引き出せたらそりゃうれしいぜ。普通、料理屋ではてっぴと同じように湯引きにして出したりしとる。とうとみをしゃぶしゃぶするんはわしぐらいじゃ思うぜ。
 
もう一枚の皮は身のほうについている「みかわ」。これはてっぴと同じように湯引きにして刺身と一緒に食べる。皮とは思えんような柔らかい触感で甘さも格別。刺身とてっぴとみかわ、三ついっしょに食べるとこれまたそれぞれ食べるときとは違う食感と味が楽しめる。
 
この三種類の皮は余ったらたんざく切りにしてネギとポン酢であえて「ざく」に。三種類の皮がポン酢を介してひとつにまとまってええ酒のあてになるんよ。
 
さて、続いては鍋。お楽しみはなんといっても「おわらい」探しやな。「おわらい」とはふぐのくちびるのことで、ふぐの中でいちばん美味しいと言われとるところなんよ。食べるとぷるぷるしたゼラチンがとろんととろけてなんとも美味よ。一尾に一個しかないけん、早いもん勝ち。鍋の中を箸でくるくる廻しよる人を見たら注意しておいたほうがええぜ。
 
野菜はシンプルな白菜、豆腐、椎茸なんかを。アラやら、しゃぶしゃぶやらからしみ出たうまみがすうーっと入って、ただの野菜が上等な野菜に変身するんよ。子どもの友達が遊びに来たときにな、いちばん感動しとったんが白菜。「この白菜、どこで買ってきたんですか? こんな白菜食べたことがない」と言うんよ。わしは「それはただの白菜じゃけん、いつでも食べれるやろ。ふぐを食べ」、というんやけどそれでも白菜が特別甘いとか、うま味があるとか言うてようけ食べていったわい。ようはふぐの出汁のしわざなんやけどな。匂いが強い野菜はようないぜ。出汁に野菜の匂いがうつってしまうけん。
 
もうひとつこの出汁の不思議は豆腐。いくら煮ても「す」が入らんのよ。食べ残しの一個までぷるぷるやけん。
 
締めはぞうすい。時間はかかるけどうちは米から炊くんよ。ふぐのうま味がしっかりとしみいってひと粒に凝縮される。うまい米のことをよう「米が立っとる」という言い方をするけどこいつもハリが出て米が立つように輝いとる。決して濃厚じゃないけど、後を引く味よ。わしはどんなに腹一杯でも二回はおかわりするけんな。これは食べとかんといかんぜ。万が一酔って寝てしもうたりしたら翌朝どれだけ悔しい思いをするかわからんきん。
 

 
と、これが一般のふぐコース。締めのぞうすいは鍋の王道よ。まあ、ときによっては締めにうどんという道もあるかもしれん。
 
それがあるとき、ラーメンが食べたくなってな。インスタントラーメンを入れたんよ。初めてのときはたしか「チャルメラ」やったと思う。酒の後にラーメンが食べたくなるとはいえ、ふぐのスープよ。でも食べたいもんはしょうがない。
 
スープ作りに人生をかけとるラーメン職人たちには申し訳ないんやけどな、これがめちゃくちゃにうまかった。淡白であっさりしているのにコクがある。言葉にするとかんたんになってしまうけど、とにかくそれまで食べてきたラーメンはなんやったんかというほどの衝撃よ。ラーメンのスープを飲み干したことは一度もないけどこいつは飲み干さんと気がすまん。
 
最近はスーパーでも質の良い麺が手に入るようになって、何度か試したけどやっぱりインスタントラーメンがええな。これだけ贅をつくしたスープをインスタントに使うっていうのがちょっとした快感なんよ。
 

 


2014年1月31日