夏の疲れを癒すハモ料理

 

 
 大変な下準備がいるハモやけど、うまいハモにありつくにはさらに続きがあるんぜ。わしは夏場のハモは梅肉であっさり食べる湯引きがいちばん好きなんよ。やけど、この湯引きも上手にせんとハモが台無しになるんよ。
 
 まず、ザルに骨切りしたハモを一口大に切って、皮目のほうを下にして三つ四つきれいに並べる。それを沸騰した湯に入れるんやけど、ざぶんと全部を入れてしまわんこと。まず最初に皮だけを五、六秒つけて、その後に身まで浸して三秒ぐらい。身は湯に入れたら花が開くようにパッと広がるけん、その瞬間に湯からあげなんだらいかん。あげたらすぐ氷水にさらす。そのままほっといたら余熱で身が蒸せてしまうけんな。このタイミングがちょっとでも狂うとどんなにええハモでもダメになってしまうんよ。
 
 ちょっと早めにあげて湯通しが浅かったら生臭さが残るし、逆に火が通りすぎたらハモ本来の味や歯ごたえがなくなってしまう。どんな素材でも火の通し方は大事やけど、とくに湯引きはやり方次第でおいしくもまずくもなる。火の通り具合ひとつで味が決まるけん。丁寧に料らんと(料理をしないと)うまいもんは食べれんよ。
 
 ちょっと食欲がないときは蒲焼きがおすすめよ。たれはアナゴやウナギと同じ。たれの香ばしい香りとハモのあっさりとコクのある旨みは飯がすすむぜ。関東はアナゴやウナギは蒸し焼きするんかいな。ハモの場合、蒸し焼きは無理よ。骨切りしとるけん、蒸してしもたら身がぼろぼろになってしまわい。
 
 たいだい蒸して料理するのは脂を落として、骨を柔らかくして食べやすくするためやけん、ハモの場合は不要よな。身はあっさりしとるし、骨切りしとるけん骨は感じんのやきん。
 
 うちではアナゴもウナギもハモも生のやつに串をうってから焼きはじめて、五分くらい焼けたらたれを三、四回つけて焼いて仕上げる。さくっと香ばしいよ。ハモは湯引きしか食べんという人も食べてみて欲しいな。
 
 ハモにはもうひとつ、夏バテにおすすめの食べ方があるんよ。
 
 土瓶蒸し風のハモ鍋よ。暑い時期に鍋はちょっと暑苦しいと思うかもしれんけど、これが不思議とむしむしと暑い日こそ食べとうなるんよ。
 
 鍋のスープはハモのアラと昆布で出汁をとる。ハモ自身のあっさりした甘みのある甘みだしに昆布のうまみ成分が交わってつかみのある味わいになるんよ。身を鍋に入れるときは湯引きとおんなじように、丁寧に入れてやらんといけんよ。まず鍋に野菜を入れておいて、いざ食べるときにハモの身をサッと鍋につける具合。ぐつぐつ煮てしもうたら身が壊れてボロボロになってしまうけん。しゃぶしゃぶほど早く鍋からあげるタイミングではないけど、しゃぶしゃぶに近い気持ちで。野菜からもいいだしが出てどんどんスープにうまみが加わってくるぜ。
 
 鍋はハモの身のコシがいちばん味わえるんよ。考えてみて。普通の魚やったら一ミリ単位で包丁をいれたら、身がバラバラになってしまうけど、ハモは身が崩れんのやけん。もともと、身に弾力があってしっかりしとるんよ。
 
 最後は雑炊もうまいけど、わしは決まってうどん。さぬき(うどん)が大の好物でな、こしのあるさぬきにこのハモ鍋のスープは最高の相性なんよ。
 
 ハモはあっさりしとって、精が出るという感じでもないけど、この鍋を食べると元気が出てくる。わしは毎年夏の疲れをとるんに食べるんよ。
 



最後に雑炊にしたバージョンのハモ鍋。今回はハモの子を入れて親子雑炊で締めました。

夏の風物詩・ハモの背ビレ抜き

 

 
 台風の季節がきたら、ハモの出番よ。蒸したうっとうとしい日にむつこい(脂っぽい)もんは食べたくなかろ。そんなときにはハモがいちばん。あっさりした中に甘みのあるハモは酒の肴にもってこいよ。
 
 ハモはアマテガレイやスズキ、コチなんかといっしょで、旬じゃないときと旬のときの差が激しいんよ。旬じゃないときは水っぽくて全然だめ。見た目もおいしくない時期のは灰色がかっとるけど、ええときのやつは全体的に黄色っぽくなって、身がよう肥えとるけんすぐわからい。大きいという意味じゃないよ。サイズは小さくても身がぷりんぷりんしとるということ。体が大きいだけで身が肥えてないのは大味なだけやけん。
 
 ハモはなんといっても、その上品な味わいが魅力よ。ウナギのようなむつこさがないし、アナゴのような臭みもない。ただ、調理が素人には難しいんよな。
 
 ハモが骨がましい魚じゃというのは知っとるやろ。こいつを食べるには骨切りが肝心よ。皮目のギリギリまで小骨があるけん、そのギリギリまで包丁を入れんといかん。しかも一ミリ間隔でな。でもこれは慣れてくればそんなに難しいことではないんよ。千切りといっしょで切れる包丁さえあればできるようになる。
 
 大変なんは背ビレを抜く作業よ。最初に体のぬめりを包丁でとっておく。ぬるぬるしとったら何もできんけん。それからしっぽのほうの背ビレに切れ目を入れて、体のほうをまな板に指で押しつけるようにして、反対の指と包丁で背ビレを持って抜いていくんよ。背ビレは一本一本、ピンが身にささっとるようについとるけん、うまくいけば連なってとれていくけど、途中で背ビレが切れてしもうたり、肝心の骨が抜けんかったりして、なかなかうまくいかん。失敗したら骨抜きで一本一本抜かんといかん。この作業はしめてから五、六時間経ったころがいちばんやりやすいけど、それでも活きのええやつほど身がよう締まっとって難しい。とにかく、ハモに慣れとる人じゃないと、普通の板場でもようせんぐらいやけん。
 
 この背ビレ抜きのやり方はいろいろあって、わしがやりよるこの方法は京都風。身が傷まんように体を開くまえにそれをやるんよ。大阪風は先に開いてから背ビレを抜くやり方。どっちも結果的にはおんなじで手順の違いだけやけど、京都風のほうが大切に扱うけん、時間も手間もかからいな。
ハモの料理はすべてこの背ビレヌキ+骨切り作業から始まる。夏の味を楽しむにはちょっとした苦労がいるんよ。

アイシャドウをつけた鯛

 
十二月から二月にかけては魚がうまくなる時期。寒いけん身がしまっとる、というわけじゃないんぜ。四~五月に産卵する魚が多いんよ。その産卵のために十二月から二月は栄養をためとる時期じゃけん、おいしいんよ。
 
鯛もその中のひとつ。鯛は鯛というだけで年中ありがたがられる魚の王様やけど、この時期の鯛こそ王様と呼ばれてふさわしいわい。まず見た目がキレイよ。海の底からあがってきたその華やかな輝きというたら、漁師にとってはダイヤモンド以上ぜ。普通の人が知っとる鯛の色というたら赤やと思うけど、鯛はしめた瞬間にパッと赤色に変わる。生きて泳ぎよるときはピンク色しとるんよ。その鯛が何百尾もあがってくると、青い海がふわっとピンク色に染まってそれは見事。この瞬間は何度味わってもええもんぜ。
 
もちろん、いつもそんな大漁というわけにはいかんよ。どこにでもおるわけじゃないけん、潮や場所によってどのあたりに鯛がおる魚礁があるか経験と勘でみつけるんよ。鯛を捕るのはローラごちという漁法で、網をおろして三十分くらいですぐローラを回してあげる。
 
手前味噌になるけど、わしの兄貴が鯛捕りの名人でな。鯛の水揚げ量はこの町いちばん。年間で二~三千万円分ぐらいは捕るかな。普通の漁師の倍ぐらいよ。多いときにはひと船で一日に五百キロは捕ってくらい。ただ、魚はどんなにようけ捕っても死なせてしもうては意味がない。市場に出すまでどれだけ活かしておけるかも漁師の腕なんよ。大漁じゃというてぼやぼやしとったら鯛が暴れてウロコが飛んでしもうたり、傷がついたりするけん、手早く網からはずして船の水槽に入れてやる。そしたらすぐさま一尾ずつ浮き袋をつやして(つぶす)上手に泳げるようにしてやらんといかん。鯛は二十~五十メートルぐらいの深いところにおるけん、急に船の上に引っ張りあげられたら浮き袋がパンパンにふくれてしまうんよ。そのままではバランスがとれんでよう泳がんけん、死んでしまう。この浮き袋をつやすのがけっこう技術がいるんよ。浮き袋は内臓の近くにあるけん、内臓を傷つけんようにせんと。かといってバカ丁寧に時間をかけとれんけんな。
 
陸(おか)に戻っても気を抜いてはおれんぜ。船底にある船の水槽は走っとる間は海水が入れ替わるようになっとるけど、止まるとその流れもとまる。鯛は水が変わらんと死ぬけん、すぐに海に下ろしてあるはりだま(大きな網)に全部をうつす。それから市場に持っていくためにリヤカーに載せたバッカス(活魚を入れるプラスチックケース)に海水を入れてはりだまから素早くうつす。それを大急ぎで市場にもっていく。バッカスには五、六キロのふといので六、七尾。一キロぐらいので二十尾ぐらいしか入らんけん、これを何往復もする。
 
市場では(仲買人)が一バッカスずつ値をつけていく。ウロコがはげてないか、顔や表面がすれてないか、しっぽまで肉付きはええか、というところを見て口々に値を言って、いちばん高値を言うた人に落ちる。値を言えるのは一つの箱につき一回だけやけん、商人も目利きがようないとええ商売はできんよ。とにかく、ここで値がつくまで活かしとかんことには、死んでしもうたら値が三割は下がるけん。それに死なせた魚は値だけじゃのうて味まで落ちてしまう。同じ魚とは思えんほどに変わってしまうんぜ。それがいちばんかわいそうよ。
 
目の上に青いアイシャドウがついとる鯛があがったときは特別気を付けんといかん。キラキラ光る青いきれいなラインがスーッと入っとる鯛は値がはる。そういう鯛があがるんは、ここの市場でも一、二%くらいよ。ほんとは洲口(川が海へ流れてくる場所)におる鯛はこのアイシャドウが入ったものが多いんよ。洲口には川からきれいな水が流れてくるけん、きれいな水にはエサも多くて、鯛も立派に育つんよな。やけど洲口には魚礁がありすぎて網がすぐに破けてしまうけんリスクが大きい。やけん、そこで捕る漁師は少ないんよ。
 
このアイシャドーが入った鯛は確実に味がいい。旬というても、どれもが百点満点の味をしとるわけじゃないけんな。同じところに住んどってもよう動いとるやつとダラダラしとるやつでは身のしまりが違うし、ようエサをつかまえるやつもおれば、鈍くさいさつもおるんやけん。それがこのアイシャドーのある鯛は百発百中、百点満点の味をしとる。つまり、味がいい証のようなもんよ。もうひとつの証は刺身を見ればわからい。鯛の刺身は外側が赤くなっとるんやけど、その赤みが強ければ強いほど、赤い部分が厚ければ厚いほどうまいんよ。こいつのはキレイで深い赤色をしとるぜ。身はアメ色で表面はピカピカしとって、醤油につけたらパッと脂が浮くくらい脂のノリ具合がいい。口に入れるとそのしっかりと締まった身はしなやかな舌触りで、噛むごとに濃い甘みが出るんよ。
 
食べようと思って食べられるもんじゃないけど、うまい鯛に出会ったらちょっと板場に聞いてみて。青いアイシャドーがあったかどうか。
 

ウニがご馳走のワケ

 
ウニを採るには潜ってひとつひとつ採るしかない。ウニは石の下におるけん網とかではかからんけん。わしが採るムラサキウニは海の底が砂地で、そこにポツンとある石の下におるやつが身が太くてええウニよ。底が石ばっかりのところにおるやつはなんでか、ようない。身がうすいか、小さいか、なんよ。
 
海水浴をしよるような岩場で見かけるウニは、黒ウニ。ケンが長いやつな。あいつも割れば身が入っとるけど、味がなくてうまくない。
 
ウニはちょっと値が高くて、普段に食べるというより、特別なときのご馳走という感じやろ。それは人が潜ってひとつひとつ採ったもんやから、というのもあると思うよ。人が一回で採れる量は限界があるけん、網でごそっと捕れる魚とはちょっと価値が違うんやないかな。それにウニは食べるようにするのに特別手間暇がかかっとるんよ。
 
潜って採ってきたウニはそのままイガイガの殻ごと売っても金にならん。栗といっしょよ。でもウニの身は栗の実を出すよりずっと大変なんぜ。
 
まず、殻を割る。どうやるかというと、真ん中にあるウニの口に長いステンレスの棒をふたつ突き刺して、てこの要領で、ふたつにきれいに割る。これにはコツがあって、棒を刺す力具合が弱いと殻に穴が開いてしまうだけで割れんし、力加減がうまくても、上手に真ん中に刺さんと割れ方によっては身がつぶれてしまったりもするんよ。身をつぶしてしもうたら潜って採ってきた苦労も水の泡やけんなあ。うちの子供が小学生のころはウニ割りの名人やったんよ。ウニの季節は学校帰りに必ずこのウニ割りをやらせよったけん。最近ではウニを割る専用の道具ができて、よいよ簡単にきれいに割れるようになっとるみたいじゃけどな。
 
割ると殻の内側に沿うようにして黄色い身がくっついとる。ひとつのウニに身は五つ。タコの足が八本なんといっしょで、ウニの身は五つと決まっとるんよ。
 
次にそのウニの身を出す。半分になったイガイガのウニの殻を片手でもって、もう片方の手で平らなスプーンみたいなもんで中の身をそいでいく。身を崩さんように丁寧にな。このときに身だけじゃなくて、内臓や身のまわりに黒いカスがついてくるけん、とりあえずこの段階では、身とカスは全部殻から出して、大きめの四角いバットに入れておく。
 
面倒なのはこのあと。今度はパットに移した中身からカスとウニの身を分けていく。身しか見たことのない人には想像つかん状態やと思うけど、身の裏に黒いカスがくっついとるんよ。とり残しがあるかもしれんけん、今度食べるときに裏を見てみて。これを箸でひとつずつとっていかんといけん。これがほんとうに細かい作業でなあ。箸を器用に使えんとカスをとるときに身をつぶしてしまうけん集中よ。ほんと、肩もコチコチになるぜ。
 
小さいカスもきれいにとって、やっと身だけになったところで、最後に箱に並べていく。
 
これも柔らかい身をつぶさんように丁寧に箸でひとつずつつまんで、キレイに並べていくんよ。並べ方にもコツがあって、隙間ができんように箱の底が見えんようにひとつひとつの身の大きさを調節しながら上手においしそうに並べる。ふたを開けてみてスカスカやったり、身の並び方がバラバラやと、いっぺんに「よっさんところのは悪いウニ」というレッテルがついてしまうけんな。
 
こうやってやっと市場に持っていけるんよ。わしが採るんはだいたい一日に箱七十から八十枚くらい。一枚につかうウニは六つくらいやけん、ウニは四百個から五百個とりよるということになるな。
 
このウニ詰め作業は港の防波堤で家族そろってやるんよ。わしが漁から帰ってくる時間はちょうど子供が小学校から帰ってくる三時ごろ。子供は遊びにも行きたいやろうけど、遊びに行かすのはウニ詰めが終わってから。そりゃ、機嫌ようはなかなかやらんよ。ほんでも、こうやってひとつひとつのウニで家族は生きていけるということが自然と伝わるもんよ。どんなにすねとっても、ちょっと力を入れたらつぶれてしまうウニの身を大事に大事に扱うんやけん。
 
さて、中身を出してしもうた大量のウニの殻。自然に戻るもんやけん、海に捨ててもええもんやけど、これを農家の人が欲しがるんよ。
 
この殻を二週間ほど夏の天日にあたらせて干しておくとカラカラに乾くけん、それを金槌でたたいて粉々にする。この粉を畑にまくと、作物がおいしくできるんやと。つまり、肥料になるんよ。殻に海の栄養がつまっとんかな。こいつを蒔くと、土が肥えて、どんな作物も甘く立派に実る。スイカやかぼちゃ、トマトに大根。ミカンに伊予かん。どんなんにでも合うみたいよ。
 
ウニが旬の季節は毎日のようにウニを採りよったけど、殻は次々に農家の人がとりに来て、全部のうなるんやけん。よっぽどええ肥料なんやと思うよ。ウニは全部利用できるし、お礼にできた野菜やくだものを持ってきてくれるし、持ってきてくれたもんもうまいし、自然のもんはやっぱりようできとらい。
 

 

春の味・ワカメの新芽とネバネバ…

 
春になると、たけのこやたらの芽、わらびにぜんまい、つくし・・といろいろな山の菜が芽をだしてくるやろ。海もおんなじでな、もぐりをしよると三月に入ったころ、岩や石に根をはったワカメやひじきの新芽を見つけるんよ。
 
正真正銘、天然のワカメ。最近は養殖がほとんどで天然のワカメを食べようと思うたら、自分で採るしかないけんな。
 
ワカメやひじきらの海藻は陸の植物とおんなじで、太陽の光がないとよう育たんけん、だいたい三から五メートルのところに出とる。たけのこなんかようわかるけど、まだ春になりきらんころのは柔らかくて新鮮でうまいやろ。ワカメやひじきの新芽もすごく柔らかい。わしはとくにワカメが好きでよう食べるんよ。
 
ワカメは根の上についとる根かぶのところから芽が出てくる。芽が十センチくらいに伸びたぐらいが新芽。それ以上伸びたら、新鮮さがのうなるよ。桜の開花といっしょで、その年ごとの気候で伸び始める時期が変わるけん、気をつけておかんとちょっと見なんだら、すぐ伸びてしまうんよ。
 
採るときは、根かぶをとってしまわんように気を付ける。この根かぶは残しとったら、二番、三番とまた芽が出てくるけん。
 
この新芽は、ほんとうに「新鮮」という言葉そのまんまの味よ。ほんと、春を食べよる気がすらい。このワカメの新芽をマヨネーズにつけて野菜みたいにたっぷり食べるのが好きなんよ。もちろん、ワカメの王道の食べ方、吸い物に入れても風味がええよ。娘の東京のともだちが遊びにきたときに、吸い物に入っとるこのワカメに驚いとったな、「味がすごい。しかも肉厚」というて。天然のワカメ自体、そうは出会う機会がないやろうし、新芽なんか食べたらそりゃ、全然ちがうと思うぜ。
 
この新芽は短いけんもぐりで採らんとムリ。でも、十センチのちょっとしかない新芽をとるのは面倒やけんな。もぐり漁をしよる人でも採りよる人はおらんぐらいよ。この辺の漁師が採るんは浅瀬に入って採れる三十から四十センチくらい伸びたやつ。わしも面倒ではあるんけど新芽はやっぱ味がええけん、もぐらんわけにもいかんのよ。うちは店でも毎日使うけんな、一年分をこの時期に採っておく。だいたい二日間で四百キロぐらいかな。ワカメはほっといたらどんどん伸びるけど、あんまり大きくなったら色も悪いし硬くなってしまうけん。
 
実はもうひとつ、ワカメにはうまい部分があるんよ。根かぶ。さっきなるべく採らんようにと言うたところなんやけどな。ここを採ったら、二番三番が出んようなるけん、本当は残しておくんよ。それがあるとき、うっかり採れてしもうたんよ。食べる習慣がないけん、ふつうなら捨ててしまうところやけど、ちょっと気になってな。
 
せっかくやけん、食べてみたら、うまかった。
 
形はバラの花がもうすぐ咲きそうになっとるぐらいに、肉が重なりあっとる。大きさもバラの花とおんなじぐらいよ。
 
色は明るいグリーンで初めて見る人はまさかワカメとは思わんかもしれん。食感はコリコリして、ものすごいネバネバなんよ。箸でなかなかつかめんのやけん。これを刺身感覚で醤油につけて食べる。
 
とにかく磯の風味が強くて、歯ごたえがええんよ。ワカメは吸い物の具にしたり、魚の刺身のつまにつこうたりするけど、この根かぶなら、メインでいける。そのくらい主張も強い。一回食べたら忘れられん味よ。栄養価のことはようわからんけど、たぶんネバネバしとるところなんか、栄養があるんやないかな。
 
最近は町の人も浅瀬に入ってワカメを採りにきよるけど、根かぶもいっしょにもいでしまいよるけん気を付けてな。でももしうっかりとれてしもたら、ちゃんと捨てんと刺身にして食べてみて。ただほんとは、漁業権がないと、ワカメ自体採ったらいかんのぜ。
 

漁師の正月

 
正月というたら、飛行機の値段も、宿の値段もなんでもかんでも高うなるけど魚も一年でいちばん高値をつける時期なんよ。特に二十七日、二十八日、二十九日の三日間は正月に関係ある魚であろうとなかろうと、どんな魚もいつもより三割は高く売れる。
 
正月に関係がある魚というたら、めでたい、鯛。正月には縁起担ぎにだれもかれもがおせちに使こうたり、贈り物にしたりして欲しがるけん、いつもの倍はしよったんぜ。
 
それがこの不景気でとうとう正月の祝い事も控えるようになったんか、三年ほど前くらいからは他の魚と同じぐらいになっとる。まあ、倍の値はしても味は変わらんけん、正月やからってそがいに高値がつく必要もなかったんよ。 
 
漁師にとっては曜日は関係なく、毎年二十九日が仕事納め。最後の市が終わったら、船をきれいに水洗いして正月を迎える準備をする。
 
準備というてもたいしたことはせんのよ。普通の家が、いつもはやらんようなところを拭いたり、洗ったりするのと同じぐらいにちょこっと掃除して、お飾りをつけるぐらい。
 
お飾りは家は玄関や神棚といった大事なところに、船のほうには船霊様(ふなだまさま・船の性根を入れているところ)がおるところにつける。船にはふらふ(大漁旗)もあげておく。
 
数年前まではお飾りは自分でつくりよったんよ。わらやらかぼすやらお飾りに必要な材料は農家からもらってきて、座敷に誰も入れないようにして、一人こもってつくる。お飾りをつくるときは他人に会わんようにせんといかんと親から言われとったけん。家族もなるべく入れんようにしてな。理由は聞いたことがないけど、にぎやかに心躍ってつくるのではなく、粛々とした気持ちでやれ、ということじゃろ。作り方も親から教わった。わらを編んで、半紙に米、田作り、干し柿、細く切った餅をつつんで取り付ける。
 
そのお飾りもこの数年はつくらんようになって、最近は出来とるやつを買ってくるんよ。もう今はようつくらんな。ほんの数年やらんだけででわらの編み方も忘れてしもうたわい。
 
元旦にはお雑煮と御神酒を船にあげにいく。そして船の上で「おいべっさん(恵比寿様)、おりゅうぐんさん(海の神様)、今年も安全に漁ができて、大漁になりますように」とお願いをする。
 
二日は乗り初め。というても船を海に出して漁をするわけじゃないよ。エンジンをかけて、船に今年もよろしく、と挨拶する。
 
漁師の正月というのはけっこう地味でな、特別な催しがあるわけでも、特別なもんを食べるわけでもない。酒の肴も、ええ魚は売ってしもうとるけん、日保ちのするタコやイカをつまむぐらい。
 
ちょっと違うと言えば、元旦に年始回りをしよったことかなあ。漁師どうしで年賀状を出し合うことはせんけん、元旦には朝の七時ごろから盛装して、年始の挨拶に回りよった。一軒ずつ「おめでとうございます」と挨拶しては、「まああがりや。おとそいっぱいぐらい」と誘われて「ほしたらちょっとよばれていこか」とおせちと酒をごちそうになる。そしてそこの主人を連れて、また別の家に、という具合に世話になっとる家を巡る。回る順番も昔からおんなじように。自分の家に戻る昼過ぎころには体中から酒の匂いをぷんぷんさせて、真っ赤な顔して一張羅のままコタツに倒れ込む、というのが漁師の家の元旦の風景やった。
 
いつの間にか、せんようになったなあ。
 
だいたい、昔は正月といえば漁師にとっては貴重な休みやったんよ。昔の市場は年中無休で、休みと言えば盆と正月だけやった。ということは漁師も同じ年中無休。もちろん、時化て漁に出れん日は実質的な休みになったけど、市場は開いとるのに仕事ができんのやけん、不安もあるし気は休まらんかった。明日は風が吹いて時化るやろう、という前の日も、もし漁に出る船がおったら、と思うとそんなに深酒はできん。漁師は誰かが一隻でも漁に出たら、多少時化とったとしても次いで漁に出るんよ。これは漁師の本能としか言えん行動やけどな。他の船が出とるのに自分は漁に出んままで、もしその船が大漁をあげてきたら、ただ指をくわえて見とることになるやろ。やけん、そういうときはとにかく船を出して、本当に時化て漁ができんかできるかを自分で確かめに行く。
 
そういうことやけん、市場が休みの正月は、漁師も心からくつろいで酒が飲めよったんよ。
 
それが二十五年ほど前に、日曜、祭日、第二、四水曜日と定休日を設けた。市場が休みになったら漁師にも定休日がでける。
 
海という大自然を相手に、自由気ままに生きとる漁師やけど、時代の流れとともに変わってきとる。続けとる伝統や習慣もあれば、なくなっていくものもあらいな。簡単で便利なことを選ぶこともある。わしは時代とともに変わっていこうが、変わらんかろうが、自分がええようにすればいいと思とる。それが選べるようになった時代ということやと思うぜ。
 
そのころに比べれば正月が特別な日、という気持ちが薄れてきとるかもしれん。
 

甘い甘い夏のウニ

 
ウニの旬は五月から八月のお盆ぐらいまで。それでも五月いっぱいは身がまだ細くて色もうすいし甘みも浅いんやけど、六月中旬ころからは身が太くなって甘みが増してくる。とくに七月に入ってからのウニは最高よ。オレンジ色がかった黄色が鮮やかになるんよ。ほんとに濃厚で、「このウニはうまい」とわかっておっても、ひと口入れるごとにいちいちその深い味に感心してしまうんやけん。大袈裟にいいよるんじゃないんぜ。ウニは十一月ころに産卵したら身がのうなって、冬の終わり頃から少しずつ栄養をつけて、五月に入ったころにやっと身らしい形ができる。やけん七月に入ったころは最高潮に栄養をたくわえとるんよ。あんまりに甘みが強すぎてほかの魚が食べれんぐらいじゃけん。
 
ウニそのものの味を楽しむのは刺身で食べるのがいちばん。でもウニの甘みがいちばん生きるのはウニ丼よ。ほかほかの白いごはんにごはんが見えんぐらいたっぷりのウニをのせて、わさびをといたしょうゆを少したらして食べる。ウニは寿司もうまいけど、わしはあたたかいそのままのごはんとのほうが相性がええと思う。まあ寿司の場合は酒のあてにもなるし、好みではあらい。
 
寿司といえば、寿司屋には一年中ウニがあるんよ。わしが食べよるんはムラサキウニやけど、こいつはさっきいうたように、お盆を過ぎたら産卵の準備に入って身に白い卵がつきはじめて、秋頃にはそれが苦くて食べれんようになるんよ。産卵後は身がのうなる。もちろん、北海道のバフンウニとか、九州のほうにおるガンガゼウニとか浅瀬におるケンの長い黒ウニとか、ウニにもいろんな種類があるけん、産卵の時期も違って、ムラサキウニとは違う時期に旬のやつを入れとるんやろうけど、それでも一年中はないと思うんよ。わしも何回かほかのウニを試したことがあるけど、正直、わしは夏のムラサキウニがいちばんうまいと思う。
 
うちの店は地元の魚しか扱わんというてやりよるんやけど、実は一回、夏場にウニがきれてしもうて、北海道のウニなら大丈夫やろうと思って仕入れたことがあるんよ。北海道のウニは北海道のウニの良さがあるんやけど、やっぱり違っとった。わしはムラサキウニの粒子が細かくて、表面がからっとしとって、もちろん乾いとるわけじゃなくて、口に入れたときの繊細な舌触りが好きなんよ。それ以来、どんなに漁が悪いときでも、伊予灘以外のウニや魚はいれんと心に決めたんよ。寿司屋の場合はどんなにまずくても、ウニがない、というわけにはいかんのかいな。
 
もうひとつ、ウニのことでいうておきたいことがあるんよ。ウニのことが嫌いという人がけっこうおるんよ。好き嫌いは人それぞれやけん、別に口出しすることではないんやけど、うちのウニを食べたら好きになる人も多いんよ。自慢したいわけじゃないんぜ。
 
ウニはやっかいなことに、上手に包装して冷蔵庫に入れとったら、二十日ぐらい保つんよ。ようもったら一ヶ月ぐらいはなんとか食べられてしまう。でもいくら日保ちがようても、海からあがって一週間以内には食べんと、風味もなにもあったもんじゃない。腐るわけじゃないけど日にちが経つと木箱の臭みと、ウニから出た汁がまじって臭くなってしまうんよ。もちろん、旬をはずれたウニも、食べれたもんじゃない。
 
もし、ウニが嫌いな理由がそういうことなら、もったいなかろ。知ってほしいんよ、ほんとうにうまいときのウニを。やっぱり、生きとっていちばんええんはうまいもんを食べることよ。わしが店をはじめたのも、うまいもんを食べてほしいからやけん。
 

 

ナマコでひと商売

三十年ほど前はわしにとってはナマコの時代やったんよ。毎日毎日、潜って潜って、ナマコを捕りよった。やけどそのころ、都会ではナマコがものすごい価値が高うてええ値をつけるのに、ここ下灘の市場では全然値がつかん。あんまり値に差があるけん、悔しくてな。それでなんとかならんもんかと考えたんよ。
 
ふつう、わしら漁師が捕った魚は地元の市場でセリにかけて、セリ落とした商人(仲買人)が水槽車で関西や東京に運んで中央市場でまたセリにかける。活きた魚は活きたまま運ばんと価値がのうなるけん、運送を自分でやるのは基本的にムリ。でもナマコの場合は袋に詰めて夕方の航空便で送ったらその日のうちに活きとるまま関西や東京に届けられる。つまり、地元におっても、商売ができる。まだナマコで商売する人もあんまりおらんし・・。よし、それならわしがやったろ、とな。
 
ただ問題はもうひとつあったんよ。漁師は所属しとる組合の管理する海域で漁をして、そこで捕ったもんはその組合の市場で売らんといかんときまっとる。わしは下灘の組合員やけん、下灘の磯場で捕ったやつは下灘の市場で売らんといかん。
 
そこでとなりの組合の磯場の漁業権を一年間の契約で買って、その磯場で捕ったナマコを送ることにした。こういう場合はよそで売ってもええと認められとるけん。でもわしひとりで捕る量はしれとるけん、さらによその船が捕った分をまるごと買って仕入れて関西や東京に送るようにした。
 
十一月から二月くらいまでは磯のナマコがええ値で売れてな。これはええ商売になったぜ。漁師するのがばからしいぐらいにもうけたけんな。
 
二月終わりころからは磯のナマコは少なくなるんよ。で、ちょっと沖のほうの砂地にいったら、ナマコの大きいやつがゴロゴロおる。わしらは「あおこ」と呼びよるんやけどな。磯に住んどる青いナマコとはまた種類が違うんぜ。こいつらは磯のナマコと比べると太いし身もごつい。やけん、そのままでは売れん。それでまた、どうにかならんかなと考えて、「あおこ」を加工することにした。
 
この「あおこ」は二月の終わりに卵をもつんよ。その「あおこ」の卵が、日本三大珍味のひとつ「このこ」。最近の若い人はあんまり知らんかなあ。「からすみ」は知っとるやろ? からすみはボラの卵でこいつも三大珍味のひとつ。「このこ」はからすみによう似とる。でももっと味は濃くて、磯の香りも強いんよ。
 
 作り方はまず、ナマコの腹を切る。そしたら、水といっしょに内臓やら中身がどばっと出てくる。その中に卵も入っとるけん、それを全部出してしもうて、内臓と卵を分ける。卵は卵らしい濃いオレンジ色をしとるけど、形はいわゆる卵形ではなくて、もずくみたい。とにかくちゃんとした形をしとらんのよ。こいつを集めてひもに吊して天日でだいたい十~十五日くらい干す。もずくをひもに吊すのをイメージしてもろうたらわかると思うけど、つるっとすべって下に落ちるけん、けっこう大変よ。それをなんとかうまいことまとめて吊すと三角の形ができる。これがしっかり乾いたら「このこ」の出来上がり。火で軽くあぶって食べる。
 
ナマコの量に比べて卵は少ないけん、高価なんよ。店頭で買ったら三角の一枚(約百グラム)が三千円くらいする高級珍味ぜ。
 
もうひとつ、腹に入っとった内臓(腸)。こいつが「このわた」、つまりナマコの腸の塩辛になる。
 
腹から出したばっかりの腸は中に砂とか老廃物がたまっとるけん、まず細長い腸を手でしごいて中のもんを出してキレイに洗う。腸はうすい黄色をしとって、砂とかゴミが入っとったら黒くなっとるけんすぐわかるんよ。そのあと、さらに塩水の流水でていねいに洗う。実はこれが大変なんよ。もみ洗いでもできれば簡単なんやろうけど、腸はデリケートですぐに切れてしまうし、傷を付けてもいかん。二十から三十分ほどかけて完全にぬめりがとれるまでうまく手の上に腸をすべらせるようにして洗う。完全な手作業よ。
 
味付けは全体量に対して少し多めの十%くらいを入れる。三、四日間つけて、出来上がり。
 
さて、腹を割ってすっかり空になってしもうたナマコ。もちろん捨てたりはせんよ。
 
実はこいつが一番の高級品。
 
腹の水も内臓も出してしもてひと回り小さくなったナマコを今度は大きな鍋に入れて煮詰め、さらに身に含んどる水分を出す。約四十分ぐらい煮たらきゅーっいうてナマコが鳴くけん、その鳴き声が聞こえたら火を止める。この時点で最初から五分の一ぐらいの大きさになっとる。それをさらに天日で干す。二十日から一ヶ月くらい、じっくり時間をかけてカラカラにする。出来上がったときは完全に水気がのうなって、海におったときのサイズの十分の一弱の大きさ。真っ黒で見た目も手触りもゴムみたいよ。
 
これが「きんこ」と呼ばれる高級食材なんよ。干しアワビがバカみたいに高かろ? それと一緒よ。めちゃくちゃ高い。大きさで特大、大、中、小、小びりと五段階に分けるんやけど、大きければいいもんでもなくて、「大」がいちばんええ値がつくんよ。それがキロ一万円から一万二千円くらいはしよったなあ。
 
 「きんこ」は炒め物とかチャーハンとか、中国料理によう使われるんよ。わしは中華はほとんど食べんきん、どう使いよるんか実際はみたことないんやけど、灰色で、見た目にはしいたけに見えらい。
 
わしが売りよった業者は中国にも輸出しとったんよ。その業者がたまにお土産でウーロン茶をもってきてくれよった。まだ日本ではあんまり知られとらんころやけん、変な味のお茶やなあと思って飲みよったよ。
 
今はもうナマコの時代は過ぎた。昔は「このこ」も「このわた」も食通の人がわざわざ高いお金を出して食べよったけど、最近はあんまり食べんようになった。珍味というのは、それほどうまいわけでもなかろ。珍しいというだけで。「きんこ」は今でも中国料理には使われとると思うよ。ただ手間がかかるけんな、これを作るんは。
 
この「きんこ」は、煮詰めてすぐがうまいんよ。そのまま食べてもうまいけど、きなこをつけて食べるとほんのり甘みがあってさらにうまい。ぷりんぷりんしとって、歯ごたえのあるわらび餅みたいやな。生のナマコとは全然違う特別な味よ。たまに今でも店の先付けに出しよるんよ。お客さんの不思議そうな反応が面白いわい。
 

春を告げる魚たち

春は産卵の季節。冬の間は卵をつくるために、栄養をたっぷりとっとるけん、脂ののった、いわゆる旬を迎える魚が多いんよ。オスは白子が大きくなるし、メスは真子が大きくなっとるしな。それがいよいよ卵を生む!というころには卵に栄養をしっかり吸い取られてしまうけん、親のほうはすっかりやせてしもうて味も落ちる。正直、春はあんまりうまい魚がおらんのよ。
 
もちろん、魚という魚、全部が全部春に産卵してしまうわけではないよ。五月ぐらいに産卵するサヨリ、サワラ、キスなんかは、三月ごろに旬を迎える。漁師のあいだでは、「春を告げる魚」というたりすらい。
 
海面あたりを泳ぎよるサヨリを捕るのはサヨリ漕ぎ。二隻の船がひとつの網を持って海面をひっぱって捕るんよ。サヨリ漕ぎをやりよる仲間がサヨリをもってきてくれると、「おー、もうそういう季節か」と思わいな。太いやつは刺身で食べる。たんぱくで、それほど味の深い魚やないけん、糸造りにするんよ。いっぺんにまとめて食べられるけん、こまやかやけどしっかりした味になるよ。ちょっと小さいやつは、干物に。ほんのりと潮の風味が味付けされて酒の肴にええんよ。
 
料理屋では、サヨリを寿司ネタでよう使うやろ。春らしいあっさりした味やけん、季節感があるんやろな。ショウガであっさり煮ても春っぽい料理にならい。
 
砂地に住んどるキスは底引き網で捕る。キスというたら天ぷらがメジャー料理よ。キス以外でもアナゴとかドンコとか天ぷらがうまい魚はおるけど、それでも、「上品さ」いう点ではいちばん。臭みもぜんぜんない、サッパリした味よ。上手に揚げればいくらでも食べれらい。
 
家庭で上手に天ぷらを揚げるのは難しいというけど、ていねいに揚げたらそうたいそうなことではないんよ。家で失敗するのは温度の変化なんよ。小さい天ぷら鍋に欲張っていくつもネタをいれると油の温度が下がってべちゃっとなってしまう。できれば、食卓の上に鍋をセットして、自分が食べるやつをその場で衣をつけて少しずつ揚げながら食べる、という風にすると揚げたてを食べれるけんええんやけどな。衣のコツは料理の本とかにもよう載っとると思うけど、氷をいれるのがいちばん簡単。ふわっとさくっと仕上がるぜ。
 
キスは大きいのやったら、刺身もうまいんよ。ただ、そうとう新鮮やないと、刺身にできん。捕ってすぐ船の上で食べるぐらいやないといかんよ。家に帰ってからじゃ、もう遅い。身がぐにゅっとやおう(柔らかく)なってしまうけん。釣りをする人やったら、船の上で刺身にしてみたらうまいと思うよ。刺身にできんかったら、塩焼きもええわい。レモンをかけてあっさりと。「あっさり」がキスの味やけん。
 
回遊魚のサワラは止まってられんけん、網を夕方にしかけて潮の流れにのせて流しとって、夜中から朝にかけて網をあげる流し網で捕る。身がものすごい柔らかく脂ものっとって、マグロに似とる高級魚。好きな人はたまらん魚というやろ? 刺身でも焼きでもうまいと思うけど、実はわしはよう食べんのよ。魚の中でも食べれんのはこいつぐらい。実は、昔あたったことがあってな。それ以来・・。
 
もうひとつ、春といえば・・、の魚がコチ。他の季節は食べるような味をしとらんけど、菜の花が咲くころだけはおいしくなるけん「菜種コチ」とも呼ぶんよ。いま紹介した春を告げる魚はどれも身がやわらかいのばかりやったけど、こいつは身が硬いけん、刺身はうす造りに。ええときのコチはたんぱくな中に甘みがあるけん、ポン酢が合う。コチは骨がましい魚といわれとるけど、真ん中からしっぽにかけては小骨がないんよ。刺身にするんはしっぽのほうの身。前半分は素焼きにして「ひしおみそ」と一緒に食べる。身がようしまっとるけんな、ひしおみそぐらい濃い味が合うんよ。これは酒よりごはんといっしょに食べるのがおすすめ。しっかり食べてしっかり働けるぜ。
 
当たり前のことやけど、自然の中におるもんを捕るということは、季節によって、捕る魚も漁も食べるもんも変わる、ということ。自然に合わせるということよ。
 

ワタリガニ

 
わしは人のいうことはそうは気にせんほうやけど、ひとつ、どうにも納得のいかんことがある。
 
カニのことよ。
 
うまいカニというたらどのカニを思い浮かべる? たいがい出てくる名前がタラバよ。北海道とは何の縁のない人でも、それほど食べたことがない人でも、なにかとタラバに肩入れしとる。
 
タラバでなければズワイ。こいつは越前ガニ、マツバガニと名前を変えて日本海中に幅をきかせとるし、温泉とセットで旅行パックになっとることも多いけん、その分、ファンも多くなるんやろう。
 
それ以外に物知り顔で出てくるとしたら毛ガニ、ハナサキガニ。これも北海道の顔がきいとる。
 
食べもんには好みもあるし、食べ慣れとるもんがいいということもある。ほんでもこのことだけは、わしは自信を持って言える。
 
カニの中でいちばんうまいのは旬のワタリガニよ。
 
身のしまり具合といい、ジューシーさといい、他のカニらとは比較にならん。それになんといっても、その身の持つしっかりとした豊かな味。格段に違うもんをもっとる。
 
伊予灘で捕れるカニじゃけんというて、贔屓しとるわけじゃないよ。わしは日本中のカニというカニをそれが捕れる現地から活きとるまま取り寄せて食べたことがあるし、もちろん直接食べに行ったこともある。
 
それにこれはわしだけの意見じゃないんぜ。うちに来るお客さんで相当にカニに入れこんどる人がおるんよ。その人は北海道から、東北から、越前から飛び回って、その地でも有名な、うまいカニを食べさせる店と言われるところに食べに行きよる人なんやけど、その人がうちの店でワタリを食べたときに証言したもん。
 
「ワタリが日本で一番うまい!」というてな。この人が食べたんは一キログラム以上はあったけん、それは見事なワタリよ。
 
まあ一キログラム以上というのはなかなかお目にかかれんもんやけど、それでも旬のワタリを味わうには六百グラム以上はないといかんぜ。小さいのは味がようても、ボリューム的に物足りん。わかっとると思うけど、海外から入ってきとる冷凍の小さいやつは問題外よ。
 
タラバ派やズワイ派の人らはカニというたら足を食べるもんやと思うとるかもしれんけど、ワタリガニは胴中(カニの胴体の部分)を食べる。もちろん足にも身はあるけど、量は少ない。量で満足できるんは親爪ぐらいなんよ。でも六百グラム以上ある旬のワタリなら、胴中には身がぎっちりつまっとって中の殻からあふれんばかりの勢いよ。
 
それにメスには子が入ってきとる。カニも魚といっしょで産卵の準備期間中に旬を迎える。それが十一月末から二月に入るころまで。
 
この子がまたたまらんのよ。甲羅をぱかっと開けると裏っかわにオレンジ色の子がびっしりはりついとる。これを贅沢に大きくはぎとって口に入れる瞬間はなんとも幸せな気分にならい。
 
子の下にあるカニミソは産卵時期に限らずいつでも入っとるけど、やっぱり旬の時期はひと味違わい。苦みも臭みもまったくない、コクのあるキレイな味になっとるな。このミソを身に絡めてそのまま食べる。わしはこのミソをちょっと残しとって、甲羅に熱燗を入れて飲む。それは体が震えるほどの絶品よ。ミソはオスのほうがたっぷり入っとるけん、酒好きの人はオスがええんじゃない?
 
うちでワタリガニを食べるときは、焼きか蒸し。ワタリは鍋にはせんよ。だいたい、わしはあんまりカニを鍋で食べるんは好きじゃないんよ。殻の味がだしにつきすぎて、くさいわい。つけるたれも必要ないよ。身に数滴すだちを落とすぐらいよ。そのままで十分に完成された味。カニ風味というインスタントの食べもんがあるぐらいやけん、カニの風味ははっきりしとる。ほんでも本当にうまいカニの味は、カニ風味とは全然違うもんぜ。
 

夕日が山に隠れるようになる頃、ワタリガニの旬がくる。