漁師の食卓

これが本当にうまい
魚の食べ尽くし方よ

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アコウ

アコウの殿様

夏のアコウは幻の魚
夏のアコウは、魚の中でいうたら、いちばんええ時期のふぐと勝負できるぐらいの代物。魚の王様の部類にはいるような鯛やヒラメとかの旬と比べても、負けてないよ。昔からこの辺りでは「アコウの殿様」と呼びよるくらいやけん。
 このアコウの殿様はよいよ数があがらんのよ。三百から五百グラムくらいの小さいのはそれなりにあがるけど、そんなんは殿様と呼ばれるにふさわしくない。一キロを超えるような立派なアコウが貴重なんよ。こいつはめったにお目にかかれんぜ。ここ下灘の市場にも年間で十尾あがるかどうか。身が桜色がかったあの“幻のふぐ”に匹敵する“幻の魚”よ。
鯛の派手さとは違う華やかなオーラがある
アコウは見た目もきれいなんよ。茶褐色のつややかな肌に黄色の点々がキラキラとついとって、顔なんか、ハタ科の魚やけん、凛々しいというか、迫力のある面構えしとらい。鯛の派手さとは違う華やかなオーラがあるんよ。
 アコウの殿様の醍醐味はなんといっても、刺身。しっとりとしたアメ色の刺身はしょうゆで、その身の持っとる気高い味わいを楽しむ。舌にぴたっとくる食感といい、ひと噛みごとに広がる風味といい、アコウの刺身は上品さが群を抜いとるな。アマ鯛も刺身で食べるような新鮮でよう肥えたやつは上品で甘味のある味わいをしとるけど、アコウには格の違いがあらい。
時期がきたら自分で狙いにいきよった
わしはいくらふぐが好きというてもふぐなわ(ふぐを専門にとる漁法)をすることはなかった。けど、アコウは時期がきたら自分で狙いにいきよったんよ。こいつは魚礁に住んどって昼間は岩の影とか、穴の中とかにじっと隠れとる。夜になると穴から出てエサを探しに動き回るけん、このときに網にかかるように網をしかけておくんよ。アコウがかかるかどうかは魚礁選びにかかっとる。小さいやつなら何尾かはかかるんやけど、一キロを超える殿様レベルがかかる網代はわしもようみつけんかった。運良く一尾かかることがあっても二尾かかることは奇蹟にちかいぜ。
夏の魚を食す盆休みもええと思うよ
このアコウを狙うときだけは商売じゃなかったな。アコウを自分が食べたいがために行きよったもんよ。やけん殿様がかかったときは市にかけるようなもったいないことはせんぜ。一キロ超えるやつは、浜値で五千円から六千円くらい。一尾売ってそれだけ儲けても、他にうまいもんを食べようと思ったらその値段じゃ食べれんかろ。店を始めてからは、なかなか自分でよう捕らんけん手に入れるのが大変なんよ。市場にあがったときは必ず仕入れるようにしよるけど、お客さんにもほんとうにアコウが好きな人がおって、仕入れたときは必ず連絡をください、と頼まれとる。そやけどわしも食べたいし。今のわしのいちばんの悩みどころよ。
 アコウやアブラメ、アマテガレイとか、夏の魚の旬はだいたい盆まで。海外に行くのもええんやろうけど、たまには夏の魚を食す盆休みもええと思うよ。